004:そして、今
継父が亡くなった時、異父弟はたったの3歳だった。
爵位を継げる年齢ではないため、母が領主代理にたち、家令が実質の領地運営を行うことになる。
しかし、新たに明るみに出た事実は無情で、無理が祟り病に打ちひしがれたのは、なにも継父だけではなかった。
子爵家の財政も又、逼迫していたのである。
姉は社交界の縁故を頼りマダムのお相手である通いのコンパニオンとしてのお手当で、私は淑女の嗜みの一つの針仕事で内職を受け、家計を助けることにした。
焼け石に水とは分かっていながら、必死になってこの一年間、姉と二人で領主の館の遣り繰りをした。
補佐も陰日向で助けてくれる。
遠く王都では母も異父弟を抱えて頑張っているのだろう。
そして、久しぶりのご褒美のように、招待された夜会に参加することになって――――
寝過ぎで鈍く痛む頭に覚醒を促され、目を開ける。
時計を見ると、そろそろ夜会が始まっている頃だった。
彼は、がっかりしただろうか、怒っているだろうか。
彼の事だから、怒っているだろうな。
知らず苦笑が漏れた。
ただ不思議なことに、彼の怒った顔と父の怒りの形相は、重ならない。
父のは……理不尽な暴力であり、むしろ義妹の顔にこそ被さる。
彼のは、自身に憤っていたというか、むしろ私には心配を怒りで表わしていたような……それは、自惚れだろうか……
寝起きの取り留めない頭でつらつらと考えていると、ワゴンを押して姉が入って来た。
「起きてたの?ご飯、食べられそう?」
「わざわざありがとう、頂くよ」
身を起し足を下ろそうとして、姉に止められた。
「出来るだけ立たない方が良いわ。ここには私しか居ないから、今日はそのままで食べなさい」
言って、集めたクッションを背に詰めてくれた。
さらに掛け布の上から体を跨いで、脚の長いトレイを置いてくれる。
「至れり尽くせりだなぁ。良いお嫁さんになれるよ」
配膳までしてくれる姉におどけて見せると、ピシャリと返された。
「だいぶ薹が立ってるけどねっ」
こんな生活を続けていれば、直ぐに私も行き遅れだ。
義妹の事を差し引いても、父に似て背ばかり高く貧相な体つきの私など、誰が好き好んで嫁にもらうのか。
それに引き換え――――
「姉さんは、いつまでも可愛いよ」
思わずポツリと零してから、何か言われる前に慌てて顔を料理に向け、打ち消すように明るい声を出す。
「良い匂い。寝ててもお腹は空くんだね」
「……そりゃあ、そうよ。生きているんだもの」
一瞬、『嬉しくなんかない』という顔をした姉は、直ぐに切り替えて話に乗ってくれた。
他愛もない話で食事を楽しみ、お茶を一口飲んだ後、姉の鋭い質問が斬り込んできた。
「そうそう、馬車の中では聞かずにいてあげたけれど、昨夜は何があったの?」
思わず、お茶を噴きそうになった。というか、吹き出していた。
「ね、姉さんこそ。ナニがあった?」
……姉も吹き出した。
してやったり。
どうやら姉さんも、動揺する何かがあったらしい。