二兎追うもの
夜会直後、男性陣のお話。
「なんでこんなに馬鹿みたいに招待しているんだ!」
執務室の一角、応接セットから怒声が上がった。
窓を背にした重厚な机で書類にサインをしていた人物が、顔を上げ苦笑する。
「そんな大声を張り上げるんじゃない。侍女が怯えるでしょう?もう少し紳士的に振る舞いなさい」
職務を放棄してソファを占拠し、重要書類を私的に流用している側近をたしなめた。
「そう言うが、両陛下からお預かりした一覧を見たか?」
「まあ、ざっとはね」
「この中から絞り込む俺の身にもなってくれよ!」
「ま、頑張れ?」
「軽っ!そういうお前はどうなんだよ!」
「僕は約束の品を渡してあるから」
「約束の品?」
「気付かない?僕の指にいつもあるはずの物が無いでしょう?」
「はぁ?王族の印を渡したのか?!」
「預けただけだよ、人聞きの悪い」
「今、指にしてないってことは、返ってきてないんだろ?どうするんだ?!」
「どう返してくるのかを楽しみにしているのさ」
「返すの前提かっ。悪用されたらどうする」
「それも又、一興」
「わー、性格悪りぃ」
「どうとでも。君みたいに名前さえ聞けずに取り逃がす、お間抜けさんとは違うんだよ」
「悪かったな。お陰で今、こうして苦労しているんだよ」
書類の束をばさりと叩いて示す。
部屋の主は休憩も兼ねて応接セットに移動し、男の手元を覗いた。
「どれどれ?ははあ。王都と遠方のご令嬢は除外して?」
「門番に、出て行った馬車は無いかと聞いたら、ずいぶん草臥れたのが一台、と言っていた」
「一台?」
「ああ。それが?」
「いや、僕の小鹿も迎えがどうとか言っていたんだけど」
「見落としたか?」
「見て見ぬ振りをするのが礼儀と思っていたら、可能性はあるねえ」
「夜会でのお持ち帰りは、今回は無いはずだが……普段が普段だからなあ。どちらにしろ、もう一台も記憶に残り辛かったんだろうな」
「恐らくはね」
「で、近隣の困窮してそうな領地と言えば……」
机に広げられていた地図を指でざーっとなぞる。
視線で追っていた主が、指し示された一点に止まると、スーッと目を細めた。
「ああ、例の?」
「そこも一応、馬車で帰れる距離だから、な」
「興味深いねえ」
「だな」
こうして男の職務内容が、私情と公務を満たす、一挙両得の様相を呈してゆく。