とある家令の調書
儂が物心付いた時には、すでに子爵家に厄介になっとりましたわ。
坊っちゃんの遊び相手兼有事の際の替え玉として。
若い頃は剣の相手の延長で、護衛紛いの事をしとりました。
若気の至りで手を出した女は何人かおりましたが、下手をして子ができたのは、奇しくも旦那様となられた坊ちゃんと同じ頃でしたな。
奥方が出奔し、女を思い出して訪ねた時、それは泣き暮らしとりました。
子を失ったと、儂を責めましたわ。
身寄りのない女が、妊娠出産を一人で乗り切るのは想像以上に大変だったようで、最後は守り切れなかったと泣き崩れよりました。
宥め賺して屋敷に連れてまいり、お嬢様に引き合わせますと、旦那様から奪い取る様に抱え込みよりましたわ。
お嬢様は泣き止むし、旦那様には感謝されるしで、万事上手くいったと思っとりました。
数年後、旦那様が再婚されるまで、でしたがな。
その頃には、儂は護衛から家令になっとりましたが、傍で見ていても、屋敷の中に不穏な空気が立ち込めるのが分かりましたなあ。
儂が連れてきた女は、お払い箱になるのを恐れて益々お嬢様を囲い込み、旦那様は新しい妻と娘に脂下がりよる。
お嬢様も面白くないのが伝わるのか、癇癪を起こす頻度が増しとりましたが、相変わらず旦那様だけが知りませなんだ。
緊張が高まる中、とうとう決定的なことが起こったんですな。
跡取りが誕生しなさったのです。
緊張が振りきれた女は、お嬢様を焚きつけ、跡取りの排除を試みよりました。
お嬢様のご乱心を、初めて目の当たりにしなさった旦那様は恐れをなし、妻と跡取りだけを連れて王都へ行きなさった。
そうして領地はがら空きになったんですわ。
正直、ちょっとした出来心だったと思っとります。
余生の蓄えが欲しくなった、そんな軽い気持ちでしたなあ。
最初に、管理を任されていた後妻さんの持参金を、移し替えました。
次に、公爵様への報告書を不作で届け、差額を懐に入れんした。
儂の行いは明るみに出ることなく、お嬢様に掛かりきりの旦那様は気付かない。
あとは思うがままでしたわ。
味をしめ、段々と欲をかいていっても、誰も止めるものなど居りませんでしたからな。
羽振りの良くなった儂に一番初めに気付いたのは、恐らく二番目の奥方でしたが、旦那様を慮ってか、なにも言って来はしませなんだ。
次に気付いたのは、乳母でしたわ。
後妻の子どもを養女に迎えるにあたり、お嬢様の分を生前贈与として預かっとりましたが、それを自分に管理させろと言って来よりました。
それを元手に何をしていたのかは知りませなんだが、口止め料なども要求してきましたなあ。
昔の慰謝料と思って払ってやりましたわ。
そうこうしているうちに旦那様がお亡くなりになり、儂の天下が訪れたのですわ。
それは短い夢だったのかも知れませなんだが、孤児同然の身寄りのない男に廻って来た、束の間の幸運だったと思っとります。