表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

とある子爵の回顧

わたしは一体、何を望んでいたのだろう。


中流の中の中流、そんな貴族の家に長男として生まれた。

王から賜った領地を堅実にお預かりする、という代々受け継がれてきた教えを、わたしもまた踏襲していた。

最初の妻は、ごくありふれた政略結婚だった。

同じ位の家格同士、結束を固める意味での婚姻で、特別な感慨もなく美しい女を娶った。

大切に育てられた貴族の深窓の令嬢が、内に抱く欲望の大きさを発露させたのは直ぐである。

我が家の何もかもが気に入らないと物や家人に当たり散らし、宝石や衣装を買い漁り、夜会だお茶会だと頻繁に家を空ける。

幸か不幸か子どもはすぐに出来た。

数えれば、恐らくは初夜の辺りだろうか。それ以外では、ありえないのだが。

妻は子を産んですぐ、役目は終えたとばかりに、どこぞの愛人を頼りに出奔した。

未練はなかったが、火がついたように泣き責める赤子を抱え途方に暮れた。

そんな時、乳母を連れてきたのは家令であった。

聞けば子を亡くしたばかりの寡婦だと言う。

不思議なことに乳母に抱かれた我が子は、ぴたりと泣き止んだ。

それ以来、一任することになる。

わたしの顔を見るだけでぐずり出すので、近づくことさえままならなかったのだ。

代わりに、のめり込むように領地経営に精を出した。

数年がそのように流れて行った。

二度目の妻を迎えたのは、一族の総意による、これも政略結婚。

亡くなった傍流の下級貴族に跡取りが居らず、残されたそれなりの財産を誰が管理するかを一族で審議した結果、同じように跡取りの居ないわたしに未亡人を娶せ、同時に財産管理も請け負わされることになったのだ。

わたしとしては今さら感のある再婚だったが、迎えた妻と連れ子である娘二人の素朴さや素直さが、とても新鮮に映った。

思えば、この時が一番心安らいだ気がする。

己に寄り添う控え目な妻、はにかみながらも慕ってくる娘たち。貴族として『情』よりも『家』を優先させるよう教えられ、そのように振舞っていた自分が、人の温もりに癒されてゆくのを心地よく受け入れていた。

平穏な日々の中、跡取りが生まれる。

わたしは、人生最高の幸福感に包まれた。

後継の憂いが無くなり、これからは一日でも長く生き、受け継ぐべき領地をより豊かにし、妻と穏やかな余生を送る。

そんな未来を思い描いた。

しかしそれは、砂上の楼閣であった。

突如として、愛らしかった前妻の娘が、狂ったように牙を剥いた。

わたしの目の前で、息子の命を奪おうとしたのだ。

取り押さえようにも見境なく暴れる様を見て、足元から何かが音を立てて崩れていった。

一時的措置として妻と息子を連れて王都の屋敷へ避難する。

頃合いを見計らって様子を見に領地を訪れても、末娘の狂行は続いていた。

まずは気の病を疑った。

高名な医者を国内より探し出し、診てもらう。

しかし、治らない。

次に悪霊付ではないかと思い立ち、高位の司祭を招いて引き合わせたが、治まらない。

もしや呪われているのかもと、有名な魔女を探して国中を駆けずり回った。

渡されたお守りも魔除けも秘薬すらも、効果は無かった。

八方手を尽くし、思い付く限り試したつもりだったが、その全てが徒労に終わった。

気力の一切を失ったわたしは臥せがちになり、家令に後の事を任せる。

幼い子どもを抱えたまま必死に看病してくれる妻が、愛おしかった。


最後に目に浮かんだのは、領地での何気ない午後のひと時、うららかで柔らかな束の間の一時(いっとき)であった。


無意識に呟いた言葉は「すまない」だったのか、「ありがとう」だったのか……


わたしが望んだのは――――ささやかな、幸せ――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ