002:これが日常
久しぶりに参加した夜会は、補佐との約束で、午前零時の鐘の音が辞去の合図だった。
別行動を取っていた姉と私は馬車で落ち合い、未明に屋敷に着く。
出迎えてくれたのは心配性の補佐で、彼は姉の肩を借りて歩く私を見とがめ、血に染まる包帯に息を飲んだ。
「何て事を!」
御者の役を終えて馬屋へ向かう下男を慌てて呼び戻し、指示を出す。
固辞しようとした私を有無も言わさず運ばせ、薬湯と傷に効く薬草を自ら用意し処置してくれた。
そして一旦はお開きにして、皆で仮眠を取った。
いつもの時間にいつもの生活を始めた私達は、熱が出てきた私を抜かして、平穏で順調だったと思う。
義妹が起きるまでは。
嫌がらせが目に余ると、軽く補佐に諌められたのだろう。
鼻息も荒く美しい黄金の髪を振り乱した義妹が、乳母を従えて私の元へ、巨体をゆすりながら乗り込んできた。
「なにこれ見よがしに寝てるんだい!?」
ひくりと口の片側だけを歪に釣り上げ、彼女は後ろ手に乳母から何かを受け取ると、部屋の隅に掛けてあったドレスに血走った眼を走らせる。
「そんな足じゃ、今夜は行けないだろ?だったら、これは要無しだね?!」
言うが早いか切り裂き始めた。
後を追って来ていた補佐や女中は、戸口でオロオロとしている乳母に阻まれ入ってこれない。
「そもそも、あたしの体に合わせた、ドレスがっ、こんな不格好なわけっ、ないんだ!!みっともない姿で、あさましく、夜会なんか、行けるかぁ!」
喚き散らしているのは昨日も聞いた言葉。違いは、義妹のエモノが私に向かう爪か、ドレスに向かう大鋏か、だけ。
熱で自由が利かず足が痛む私に為す術もなく、茫然と義妹の狂行を見ているしかなかった。
騒ぎを聞きつけた姉が来た時には、すでに六着のドレスは痛ましい状態になっていた。
「醜い肌を晒してまで夜会なんかに行きやがって!靴さえ履かなけりゃ、仕込んだガラスを踏むことも無かった!あたしもあんたも、ここまで嫌な思いをせずに済んだんだよ!!」
そう吐き捨て、足音高く屋根裏へ帰って行った。
「旋風ではなく鎌鼬だったのね……ホント、会話にならない××××がっ……まぁ、仕方ない、か」
打ち捨てられた残骸を複雑な面持ちで眺めていた姉が、よく聞き取れない独り言を漏らした後、キリリと顔を引き締める。
「ティスベは足を直すことだけを考えて、今日はそのまま寝ていなさい。熱もあることだし、安静にね。行けなくなった旨は手紙で伝えるから、補佐、配達の手配をお願い。さ、奇しくも午後の予定が丸々空いたわ。有効に使うわよ」
小さな体から凛とした張りのある声を上げた姉は、手を打ち鳴らし解散の合図にする。
ショックと熱と疲れと罵声の多重コンボにやられた私は、その言葉に甘えて全てを後回しにし、意識を手放した。
眠りに落ちる直前、まぶたの裏を過ぎったのは、怒ってばかりいた男の顔だった気がする。
今度、は無いと思うけど、また怒るんだろうな……
××××→精神状態が普通でなく、正常ではない言動をする人
姉さんは意外と口が悪い?