023:発つ鳥、待つ鳥
翌朝、殿下とダンディーニは、どこから集まってきたのか多数の部下を引き連れて、乳母とアンジェリーナを王都へと護送して行った。
別れ際の殿下は姉を抱き寄せ、それはそれは長い挨拶を交わしていた。
「必ず迎えに来ますから、待っていて下さいね。ああ、それよりも、いっそ一緒に王都へ……」
「行きません。こちらで待っておりますから、お務めを優先させて下さい」
「つれない人……しばしの別れとはいえ、もう少し寂しがってくれても……」
「昨夜、散々に惜しまれましたよね?」
「昨日と今日とは別の日ですから」
「ラミーロ様」
ここで姉の笑顔がさく裂する。
あれは、すごく苛っとした時の顔だ。
恐っ。
だから、名前読みはスルッと聞き流しておいた。
「さっさと職務を遂行すべく出立なさって下さい。こうしている今も、配下の方々は表でお待ちなのですから」
「――――分かりました。行って参ります」
「はい。行ってらっしゃいませ」
一方の私は、と言えば、別にこの寸劇(?)をポカンと見ていた訳では無くて……
こちらはこちらで、腕に囲われていました。
体中がギシギシと痛くて支えられていた、とも言う。
座らせてくれればよいものを。
「お前も、殿下みたいに惜しんで欲しいか?」
「いえ、全然、これっぽちも」
「貴婦人は、ああいう方が好きなのかと思っていたのだがな」
「悪かったな。貴婦人じゃなくて」
「いや、お前はそのままで良い。そう言っただろう?」
などど気恥ずかしい事を囁かれていた。
「恥ずかしいからといって、余所見するな」
顎をつまんで固定され、がっしりと見合わせられる。
「良い子で待っていろ」
別れ際まで尊大な男が、ニヤリと笑った。
客間に沈黙が訪れる。
何故かは聞かないでもらいたい。
強いて言うなら、四人とも口が塞がっていた、ということで。
「やはり一緒に……」などと往生際悪くぐずる殿下を追い出した玄関先、姉の手には殿下の例の指輪が、私の手には知らぬ間にはめられていた金の指輪が光る。
いつ用意したんだと聞いたら、しれっと母さんに先に承諾をもらった、とぬかしていた。
なんでも家令を捕えた時に、事情聴取も兼ねて殿下と三人で話をしたらしい。
「お嬢さんを下さい」と二人で頭を下げたら、「まずは娘から色よい返事をもらって下さいね」と切り返されたとか。
しかし、そこは抜け目の無い殿下の事。
「では返事を頂いたら婚約ということで、よろしいですね」って、取り付けてしまったらしい。
そこで頷く母も母だと思うのだけれども。
さもありなん。
かくの如き裏取引のお陰で、昨夜の返事を以って婚約は成立。
それを聞いて姉と二人で顔を見合わせて、思わず溜息を吐き合ったけれど。
その内の何割かはきっと、幸せの成分が入っているんだろうなあ。
悔しい事に。
でも、送り出した後、姉から嬉しそうに言われた事には、心の底から顔をしかめておいた。
「ティスベったら、すっかり明るくなって。ダンディーニ様とはずいぶん打ち解けたのね。だって貴女の口調、ずいぶん砕けていたわよ?」
一日やそこらで、そんなに変わる訳がない。