022:なんだかんだ言っても、つまりは、単純なこと
その意を汲んでくれた彼は、預けきれていなかった体を抱き寄せて、甘く低く囁いてくる。
「本当は寂しいし、興味もあるくせに、なぜ拒む?」
「婚約していない未婚の男女の適正な距離じゃない……」
相手の胸に手をついても、それは形だけの抵抗で。
「婚約すれば、許すのか?」
難なく体の距離が詰まる。
「口づけは結婚の誓いの時に……神の御前に出る時は清らかな体で……」
再度、腕を突っ張ろうとしても、か細い抗いは実らない。
見詰め合い、交わされるのは睦言のような問答。
「それを守っている奴がどれだけいるというのだ。むしろ結婚前に知っておいた方が良い事も沢山ある」
「例えば……?」
「相性とか、性癖とか」
「結ばれてから乗り越えられないのか?」
「すり合わせ不可能な場合があるな」
「……でも」
「試すのが恐いか?」
「恐いよ。全てを委ねてダメだったら、どうしたら良い?」
「俺が捨てるとでも?」
「だって……すり合わせ不可能なこともある、って」
「俺が信じられないか?」
「まだ会って二回目……だよ?」
「会わない間、俺の事を考えたりしなかったか?」
答えたくなくて目を逸らしたのに、頬に添えられた手が引き戻す。
「全く思い出さなかった?」
覗き込まれて、何もかもを見透かす瞳を躱すため、俯きかぶりを振った。
耳まで火照って、熱い。
「俺の事が、好きだろ?」
追求から逃れたくて、体を捩る。
心臓が煩い。
密着していたら、爆ぜんばかりの鼓動が伝わりそうだ。
「好き、だよな?」
誘導に頷いちゃだめだ、肯いちゃだめだ、うなずいちゃだめだ。
ようやくひねり出した断りの文句達は自分でも陳腐だと思ったが、そうせずにはいられなくて片っ端から並べてゆく。
「身分が、釣り合わない……」
「生家は侯爵だが、俺は三男だ。爵位は、今のところ無い」
「姉さんみたく可愛くないし……」
「お前の話をしているのだ。姉は関係ないだろう?」
「なんの取り柄もない……」
「これ以上ごちゃごちゃと、下らぬご託で煩わせるな。俺はお前が良いと言っているだろう?!結婚でも何でもしてやるっ。難しく考えるな。俺の所に嫁に来い!」
勢いに押され、知らず、こくりと首を縦に振っていた。
「声に出して答えろ」
それは命令口調なのに、懇願じみていて。
「……はい」
言葉が、口から勝手に転がり出ていた。
「言質は貰った」
舌舐めずりまで聞こえそうな満足気な呟きに顔を上げると、契約を取り付けた悪魔の笑顔があった。
背筋ではないどこかがゾクリと震え、本能的に逃げを打った体は抱き締められる。
「 逃 が さ ん ぞ 」
地を這う捕食者の恫喝に首を竦めた。
その耳へ、媚薬のごとき掠れた低い声が流し込まれる。
「もう待たない。味見させろ」
絞り出された唸り声は、獣の威嚇じみていて。
そのあと、喰らいつくように魂ごと吸い取られ、そして代わりに沢山の想いを注がれて、内側から満たされる。
「――――している」
意識を手放す瞬間、欲しかった囁きを貰ったような気がした。
あれっ?
でもこれ、味見どころじゃなかったのでは?!