021:夜這い
明けまして、おめでとうございます!
昨年は拙作をご訪問下さいまして、ありがとうございました。
本年も、よろしくお願い致します。
「月が綺麗だと思わないか?」
カーテンが掛かっていない窓越しの望月を背にした男は、不敵に微笑んだ。
――――姉は、私と打ち合わせする時間を欠片も与えられずに、殿下に連れられて部屋へ下がって行った。
またしても残された二人は夕食前の議論を再燃させ、辛うじてダンディーニが客間のソファーで寝ることを了承した――――筈だったのに!
寛いだ姿で寝室に入るとバルコニーに人影があり、そして冒頭に至る。
「何しに来たんだ?と言うか、どこから入った!」
大声を出せば家人の誰かが駆けつけてくれるだろうが、外聞をはばかり、戸を閉め声を抑えて問い詰める。
「星空に誘われバルコニーへ出たら、上から月の精の歌が聞こえた気がして……」
「痒い口説き文句はいらないっ」
珍しくも上流階級の装飾過多な口上を麗麗と嘯き始めたのが神経に障り、思わず遮った。
男は気にした風もなく一歩、こちらに踏み出す。
「直截的に言えば、夜這い、だな」
「碌でもない事を、偉そうに……」
「禄も甲斐性もあるぞ?」
人の言葉尻を取りニヤリと笑いながら、また一歩を進める。
「言葉遊びも夜遊びも、もっと手慣れたご令嬢を相手に楽しんでくれ」
言いながら後ずさると、背に扉が当たった。
「俺はお前が良い」
良く響く低い声でそう告げ、手を軽く差し出してくる。
薄い夜着を通して扉の冷たさが伝わり、肌が粟立った。
「何故?!」
まだ手が届く距離でもないのに、まとわりつく雰囲気を搔き消したくて、身ぶりで振り払う。
「どうしてだと思う?」
気にした風もなく小首を傾げるダンディーニの仕草も風情も静かなのに、何故か恐いと思った。
暴かれまいと、自分の両肩を抱き締める。
「分からないから聞いているっ」
「本当に?」
こちらに向けられた手は、下ろされることなく、なおも差し伸ばしてきた。
「しつこい!そして何気に近づくな!」
体を抱く手に力を込め、出来る限り離れようと身を縮ませる。
耳に掛かった横髪が一房、耳朶を掠りながら掴まれた。
露わになった耳に吹き込まれる囁き。
「考えることを放棄するな」
「離せ!!」
髪を掴む手を、今度こそ振り払う。
弾かれた手は耳の横の壁につき、もう一方は囲う様に腰の辺りについてきた。
「そんなに俺が嫌か?」
聞かれて見上げた不埒な男の眼が、嘘は許さぬとばかりに私を射抜く。
「!!」
「触れられるのも嫌、か?」
重ねられた問いは、傲然とした態度はそのままなのに、哀切に響いた。
だからだろうか。
自分で思っているよりも、ずっと弱々しく零していた。
「……分からない」
「これは?」
耳の横にあった手が、そっと頬に触れてきた。
緊張で血の気が失せていた顔に、温もりが沁みる。
おずおずと答えた。
「嫌、じゃ、ない」
「では、これは?」
冷たい扉に押しつけていた体に、暖かな腕がやんわりと回される。
言葉にするのが気恥ずかしくて、ふるりと左右に首を振って受諾を伝えた。
ようやく恋愛色が出てきました……長かった……




