018:黒い領地①
食堂に現れた姉を見て思った。
客間の時と見比べて間違い探しをしたら、間違いだらけだろうな、と。
上げ連ねればきりが無いが、一言で言うとグッタリしていた。あるいは、ヨレヨレになっていた。言い換えると、夜を前にして精も根も尽きていた。
でも頬だけは血色が良くて、疲れているけど満ち足りている、そんな感じだった。
元凶は見るまでも無く上機嫌で、妹としての無力感に少しだけ苛まれていた私は、八つ当たり的にイラっとしたのは秘めておこう。
大人だから。
食卓の席は、奥から殿下、隣に姉、殿下の向かいにダンディーニ、隣が私。正式には殿下は上座、今殿下が座られている所にダンディーニ、その向いに姉と私のはずなんだけど……男共がダダをこねたので、こうなった。
メンドクサイ。
殿下の音頭で乾杯し、始まるささやかな晩餐。
当り障りの無い会話もそこそこに、「消化に悪いよ」と渋る殿下を急かして、ようやく『視察』までの経緯に話題が至った。
「機械的に目を通していた書類に不審を抱いたのは一昨年、だったかな」
そう殿下は切り出した。
『生産高は不作、故に上納は据え置きで』
同じ文面を前年も見た気がする、そんな些細な違和感から始まった。
関連書類を遡ってみれば、さらに怪しさは増す。
周辺が例年通りか豊作を告げ続ける中、その領地だけ二年連続して不作と申告し、三年目にはそれによる経営難を理由に上納の引き下げを嘆願、受理されていた。
経営状況は改善されないまま領主が死亡。
後継者は幼く、代理に立ったのは前領主の後妻。
真っ先に、何らかの不正疑惑が浮上した――――
そこまで聞いて不安そうに見つめる姉と私に、二人は分かっているとばかりに穏やかに頷き、続けた。
――――不正の有無に関わらず、噂が流れるだけでも領地統括の力量が問われかねない。
大公の威信を懸け、内密に調査を始めた。
ある程度のことは、すぐに明らかになる。
前領主には跡取りの上に三人の娘がおり、内、上二人は後妻の連れ子。
二人の連れ子は、社交界にそれぞれ慎ましくデビューしていたが、下がデビューして間もなく揃って顔を出さなくなる。しかし、結婚したという報告はない。
末娘は前領主の最初の妻との子だが、デビュタントの年齢になっても社交界に出る気配がない。
それどころか、三人の娘たちは領地から出てこず、逆に現領主代理と跡取りは王都から動かない。
前領主は頻繁に行き来していたようだが、領地滞在期間は余りに短く、経営放棄していた疑いが強まる。
より詳細な情報を集めるため、狩猟会を口実に先鋭を引き連れ現地に赴き、隠密に差し遣わした――――
「では、あの夜会は私たちを見定めるために催されたのですか?」
青褪め表情を無くした姉は、それでも背筋だけはしっかりと伸ばされている。
しかし、その瞳は悲しみ一色に染まっていた。