014:蕩れ
サブタイトル、分かる方には分かってしまうのでしょうか。
案内した男をもてなすには少々見劣りする客間に移り、補佐が淹れてくれたお茶で場を仕切り直してから切り出した。
「それで、アンジェリーナはどこへ連れて行かれたんだ?」
正面の二人掛けに座るダンディーニは、存外優雅な所作でカップを皿に戻す。
こちらに向けられた精悍な眼差しを、居心地悪い気分で受け止めた。
不覚にも、一連の仕草に見惚れてしまった自分を、雪に埋めたい。
「お前の……アンジェリーナの乳母と同じ所へ」
言い淀んだのは、勘違いをしていた名残だろう。
それよりも予想外な人物の登場に、意表を突かれた。
「乳母や?」
呟きに近い問いに軽く頷き、補足をくれる。
「昨夜不審な動きを見せたのが、その乳母でな。拘束し、借りている一室に抑留しているのだ」
しかし、その補足は新たな混乱を私にもたらした。
「乳母やを抑留?借りている一室?――――どういうことだ!最初から話してくれ!!」
先日から続く部外者扱いに、いい加減苛立ちが突き抜け、目の前の男に詰め寄ってしまった。
「ティスベ、落ち着け。今はまだ全てが詳らかになってはいないのだ。殿下がお越しになるまで、もう少しだけ待てないか?」
二人掛けの隣に両手を取って導かれ、向き合うように腰を下ろす。
その親密過ぎる距離に構うことなく、知りたい一心で捲し立てた。
「殿下が来たら、何もかも教えてくれるか?みんな隠してばかりで、分からない事ばかりだ。もう疲れたよ。私は、少しでも関わっている事柄を、置かれている状況を、把握したいだけなのに」
「必ず開示することを約束しよう。だから、そんな顔をするな」
諌めるためにか、暖かい大きな手で片頬を覆われる。
私はどんな顔をしているのだろう。
物問いたげに見詰めると、親指を滑らせ目尻を拭われた。
「今にも、泣き出しそうだ」
そう言ったダンディーニの方が、痛みを堪えるように顔を顰める。
不思議に思って小首を傾げると、彼の手に顔を押し付ける形になった。
「ここは、お前を傷つけるものしかないのか?」
そんなことは無いと伝えたくて、手のひらに頬ずりするように、首を左右に振った。
ダンディーニの目元がフッと和み、温もりが離れてゆく。
心許ない気がして目で追うと、その手は髪を梳りながら頭を撫でてきた。
「先に聞くのはフェアじゃないとは思う。が、それで少しでもお前が楽になるのならば、話してくれないか?」
私は、労りに満ちた暖かな眼差しに誘われて、今まで姉にも話した事の無い、胸に蟠っていた一切を吐き出た。
義妹の事、生活苦を姉と二人で頑張った事、家令にけんもほろろに扱われた事、二人の父の事、あまり会えない母と異父弟の事、夜会の時に思った事、殿下の視察に対する不安や恐れ。
行きつ戻りつする話を、彼は根気強く聞いてくれた。
時に髪を撫で、時に背を擦り、体だけでなく心まで寄り添うかのように。
そうして気持ちがスッキリとした頃、殿下に伴われて姉が帰ってきた。