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夜会追想:預り物

姉視点の夜会風景です。

夜会、それは世俗の芥を忘れさせてくれる、絢爛豪華な社交場。


喪の明けた晩秋、思わぬ高貴な相手からの招待に、妹と日頃の気晴らしも兼ねて参加した。

なのに……

絵姿で見覚えのある男性に、ダンスもそこそこに休息室へと引きずり込まれてしまう。

大いに戸惑ったが、彼にとっては見慣れぬ小花を手折っただけと心付いて、浮かれていた頭が醒める。

と言うのも、彼にまつわる華やかな噂は、いつだって彼と釣り合いの取れた美目麗しいご令嬢がお相手だったし、ひきかえ自分の何と小さく見劣りすることか……そそくさと会場を(まか)り出る訳だと得心がゆき、見苦しく抵抗などせず一夜のお情けを受けることにした。

冷静な判断をする裏では、踊りの相手を探す男たちの視線が自分の頭上を上滑りしていった過去の情景が鮮やかによみがえっていたけれど。

そんな辛酸ゆえか、彼に名を問われても、仮初の間柄だからと告げることを躊躇らってしまう。

気を利かせた彼は、微笑みながら可愛い小鹿と呼びかけ、柔和な物腰に似合わない情熱的な腕で私の全てを攫った。

彼の手は思いの外丁寧で優しく、そして、どこまでも甘美だった。

甘やかさに溺れそうになりながら、ふと心配性な家令補佐に言い含められた事柄を思い出し、脇の時計に目を走らせる。

約束の刻限に近づいていた。


何を考えているの?小鹿の君


気の逸れた私の頤をつまみ、赤く色付いた唇が重なる。

少し冷めかけていた熱が再び呼び覚まされそうになった。

それを断ち切るため、合い間に小さくごめんなさいと呟くと、吐息のかかる距離でじっと瞳を覗き込まれた。


迎えの時間が迫っております


彼は探る様に視線を絡ませたまま黙している。

戸惑いつつ、あの、と声をかけると、


では、続きは明日


そう言ってあっさりと身を起こした。

離れる温もりに一抹の寂しさを覚える。

取り繕うように髪を整えながらも返事に窮していると、褥の縁に腰掛けた彼が指から抜き取った物を私に握らせた。


逢瀬の約束に、これを


手の中の指輪は金に輝き、刻まれた紋章は、貴族ならば知らぬ者など居ない、獅子と鷹のいと(とうと)き象徴。

反射的に突き返す。


私の身では触れることさえ恐れ多いお品、ましてお預かりするなど……


しかし、彼は受け取ることなく私の手の上から握り込んできた。

熱の籠った瞳で、返すのは翌日だと掠れた声で囁かれては、もう頷くしかない。

指輪を握りしめたまま褥の下に落ちている衣類に手を伸ばすと、意外なことに彼が背後を受け持ってくれた。

手慣れていることに微かな痛みを感じながらもドレスを身に付けてゆく。


可愛い小鹿、楽しみに待っている。明日は、必ず。


追加の印が項に刻まれた。

震えそうになる体を立て直し、後ろ髪引かれる思いで部屋を後にする。

誰に会うことなく馬車寄せに辿り着けた。

噂に聞いた事がある。逢い引きや密やかな河岸変えの為に用意されている、そういう仕様の部屋があると。

今しがた居たのが、きっとそう。

ロータリーに停めてある粗末な我が家の馬車の中に、妹はまだ居なかった。

軽く息を吐き、ぼんやりと先程までの夢のような時間に思いを馳せていると、午前零時の鐘が鳴った。

少しして、慌ただしく妹が乗ってくる。

その姿と言ったら!

ほつれた髪を振り乱し、ショールを引っ掛け、靴下はおろか靴すらも履いていない足には包帯が巻かれ血が滲んでいる。

私も結いあげた髪型がすっかり解けて変わっていることを棚に上げ、問いかけた。


その姿でここまで?

奇跡的に、誰にも会わなかったよ


息を弾ませ上気した頬で不敵に笑う妹に、呆れた視線を送った。

見られずに済んだのは幸いだけど、私と同じような状況だったのではと、小部屋に居たのかを重ねて問うと、彼女には珍しくもごもごと口を濁す。

明日(すでに今日だけれど)まとまってからお互いに情報を擦り合わせることにして、幻想的であった夜会の話で場を繋いだ。

家で待っている現実から目を逸らすように。



約束の夜、妹も私も、夜会に参加できなかった。


行けなくなったことで、預り物の処置には苦慮したが、安堵している自分も居た。

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