013:ツンデレ疑惑
「ティスベ」
尊大な男の懇願に、思いのほか素直に答えていた。
「ティスベ、悲劇のヒロインの名か。他の男と対になっているのが癪だが、良い名だ」
そう言って顔を見合わせたダンディーニは、予想外に少年のような笑顔だった。
持病など無いはずなのに、心臓が口から飛び出そうなほど暴れる。
状況に流されていたが、この零距離もおかしい。
居心地の悪さに身じろぎたけれど、腰にまわされた腕は緩むことなく、さらに抱き込んでくる。
さすがに物申そうとして、先を越された。
「ところで、心配だったのは本音で、建前はあの日に貰いそびれたお礼を頂きに来たのだ」
「それって本音と建前じゃなく、悩みと目的じゃないのか!」
余りの言い様に目を剥くと、悔しい事に余裕綽綽の笑顔を向けられる。
「細かい定義は必要じゃないだろう?」
「いやいやいや、大事だよ?こちらの対応も、違ってくるから!」
力説しながら精いっぱい腕を突っ張り、詰められた距離を広げようとして腰がグキリと不吉な音を立てた。
慌てて緩め微調整していると、一連を見ていたダンディーニが盛大に吹き出す。
「はっはは。お前、こちらの方が良いな。淑女振っていたのも悪くはなかったが、今の方が断然楽しい」
「べ、別に、あんたを楽しませるために居るんじゃない!」
カッときて胸を突き飛ばしたが、やはり体が離れることはなく。
逆に深く抱き直されて、なんだか意味深な雰囲気を溢れさせてきた。
「これからは、違うぞ」
「は?」
何故そんな射竦めるような眼差しを向けられているのか、分からない私は恐らく間抜けな顔をしているだろう。
そこへ、静かに水がさされる。
いつもはひっそりと控えている補佐だった。
「差し出がましいとは存じますが……」
「分かっているのならば控えろ」
「うちの補佐に命令するな!どうした?補佐」
傍若無人に嗜める男を一喝し、補佐に続きを促した。
彼は、哀れを誘う頭を晒して、提案を述べる。
「場所を移されては如何かと」
「そうか。ここはアンジェリーナとやらの部屋だったな。では、お前の部屋へ」
言われて思い当たったのか、どこ情報か問い質したい知識を披露し厚かましい事を言ってくる無駄に偉そうな男に、さすがにイラッときた。
「ここは普通に客間だろ!」
何度目かのドツキも、軽く往なされる。
傲岸不遜の権化は、すでに見慣れた意地悪い笑みを浮かべた。
「ふむ。今はそれで手を打とう。だが忘れるな、借りとは直ぐに返さねば利子が付くものだからな」
「利子?」
斜め上の展開過ぎて、付いて行けない。
胡乱げに眉をひそめる私に、何が楽しいのか目を細めながら睦言のように甘く囁いてきた。
まるで、補佐には聞かせたくないかの様に。
「俺が求めた報酬は唇だ。今日の分と併せて、お預けを食らった日数分要求するとなると両耳、首筋、鎖骨、両ち……」
「客間の支度は整った!可及的速やかに、ご足労願おう!」
皆まで言わさず今度こそ身を引き離し、補佐の先導のもとクツクツ笑う男の背を押して移動した。
私の背後に義妹のベッドが据えられていた事に、補佐は気付いて、私は気付いていなかった。
志○ぁー、後ろ、後ろ!




