夜会追想:兎狩り
ついに登場!あの方視点の夜会風景をどうぞ。
夜会、それは煌びやかな裏で様々な欲望が渦巻く、上流階級の社交の場。
当初の予定では、ここまで大がかりなものではなかった。
『殿下とその取り巻きによる王領での狩猟を離宮で楽しむための集まり』で、『夜は独身紳士同志、カードなり何なりに興じる他愛もない気楽なもの』という心積もりであった。
王の計らいか、王妃の企みか。
蓋を開けてみれば、近隣だけでなく主だった未婚の貴族女性たちが集められた、お見合いパーティーと化していた。
こうなってしまえば、開き直って楽しむ他ない。
仲間内の談笑に紛れて、淑女の群れを物色する。
目に付いたのは偶然だった。
古風な、と言うか、保守的、と言うか。
開放的なまでに己のまろやかさを誇示するご令嬢方の中で一人だけ、極端に肌を隠しひっそりと壁に立つ長身の女性が居た。
華美でも地味でもなく、流行遅れと言うほどでもない落ち着いた装いは、羽織った薄布で喉元までを覆い、レースの手袋も袖に掛かるほど長い。
一瞬、その肌を暴きたくなった。
どうせ一夜限りのラブ-アフェアだ。
思い思いにアプローチを掛ける友人たちに紛れて、目当ての女性に近づきダンスに誘う。
固辞する女性を強引にエスコートして踊り出したが、動きのぎこちなさに気付き、用意されている休息室の一つに連れ込んだ。
探りを入れれば、靴が合わずに痛いと恥ずかしそうに告げて来る。
嫌がる彼女を無理やり椅子に座らせ、自ら跪き靴を脱がせて言葉を失った。
こ、これは……!
両足の裏が血に染まっていたのだ。
慌ててランプと手当箱、盥と水差しを手元に集め傷口を詳しく見ると、小さなガラスの破片が刺さっている。
合う合わないどころじゃない、ガラスが刺さっているではないか!こんな足で良くここまで立っていたものだ!!
あまりの痛ましさにもっと早く察してあげていたらと憤慨しつつも合点がいった。
これまでの頑なな態度は、ここから来ていたのだ。
慎重に傷を洗い、指先で確かめながら丹念にガラスを取り除く。
相当痛いであろうに、息を詰め謝罪の言葉を口にする以外は事情を説明するでもなく、見苦しく声を上げる事の無いその姿に、何故か煽られた。
手当てを終え、掠れたか細い声で礼を告げる彼女のすぐ隣に身を寄せる。
礼はその唇で
身を引こうとした彼女の頤を捉え、顔を近づけた。
レースに覆われた両手がお互いの間に差し込まれる。
手のひら越しに熱の籠った視線を送り、何故?と問うと、夫となる方以外に許すわけにはいきませんと震えながらの答え。
苛立ちに任せて、唇に当たる彼女の左手の薬指をレースごと噛んだ。
怯んだ隙に邪魔な手を払いのけ、逃げを打つ体を抱き寄せる。
耳元に、誰も見てはいない、と熱く吹き込むと、小さく身を震わせながら、ここには二人も居るではないですか、と返してきた。
四知とは小賢しい、もったいぶって焦らしているのかと、耳翼を食み、薄物をはがすように上から手を差し込んだ時、今までの比ではないほどに彼女の体が強張った。
剥いた肩に目を遣れば、ショールの下に秘されていた肌に、殴打痕や生々しい血の滲むような蚯蚓腫れが無数に走っている。
どういうことだ!足といい、胸元といい、どうしたらこのように傷だらけになるのだ!
俺の詰問するような口調をどう受け取ったのか、青褪めた彼女が唇を噛み俯く。
折悪しく、この離宮自慢の大時計が午前零時を告げた。
その鐘の音に弾かれたように顔を上げた彼女は、驚き緩んだ俺の腕からするりと抜け出し、脱兎もかくやの勢いで部屋を飛び出す。
ごめんなさいの一言を残し。
その背に思わず声を上げた。
明日、説明しろ!と。
彼女は心持ち振り返り、確かに頷いた。
約束を取りつけられたことに満足する。
手元に残された靴は明日、いやもう今夜か、返すことが出来るだろう。
しかし、彼女は夜会に現れなかった。
俺にお預けを食らわせ、あまつさえ、約束すらも反古にした名も知らぬ彼女。
必ず、捕まえてやる。
手の中の靴を弄びながら、心に誓った。
“狩り”は始まったばかりだ。
<四知>
「天知る、地知る、子知る、我知る。何ぞ知る無しと謂わんや」