009:大きなのっぽの古狸
「正直なところ、お嬢さん方がお知りになりたい事が、儂にはさっぱりわかりませんなあ」
領主の椅子にどっしりと収まり、書類に落としていた目を上げた家令が、冷たく言い放った――――
話は少しだけ遡るが、通常運行のアンジェリーナとの会話は成立せず、乳母の泣き落としで事実確認は失敗に終わった。
なので当初の予定通り、事務処理に訪れた家令に聞くべく、領主の執務室へと赴いた私と姉は、執務机の前に立たされたまま義妹の件を問い質し、冒頭に至る。
あまりの言い様に、私は言葉を失った。
彼は、こちらの話を聞いていなかったのだろうか?
家計が苦しく、最低限の使用人たちが八面六臂の大奮闘してくれることで、ようやく屋敷を維持していること。
小遣い程度の足しにしかならないが、姉と私は日銭を稼ぐ日々。
そこへきての義妹の散財は、どういった予算配分なのか、と尋ねたのに。
改めて家令の顔をまじまじと見る。
服は一般的な家令が着るものだが、生地は上等。ぱっと見は、羽振りの良い成金に見える。
初めて会った時は、継父の後ろで影のように控える、護衛と見紛う大柄な人だったのに。
それが、継父が心労でやせ細るのと反対に段々と恰幅が良くなってゆき、今では会う度ごとに肥えている気がする。
自ら雇った屈強な護衛を従え、立派な馬車で領地を毎月末に訪い、領主の椅子にふんぞり返っている姿は、自分こそが主だと言わんばかりで鼻に付いた。
つい先程までは、もう少し人当たりの良い小父さんだった気がするのだが……
柔和な笑みをはぎ取った眼前の男と、小細工も取引材料も用意せずに話していることに、一抹の不安を抱いた。
その不安に追い打ちが掛かる。
「今現在、子爵家の正統な後継者は弟君だが、この館の主はアンジェリーナお嬢様であると愚慮しとります。ただ、少し夢みがちなお年頃のようで、僭越ながら不肖のこの儂が取り仕切らせて頂いとる訳ですな」
「つまり貴方は、養子風情が口を挟むな、とおっしゃりたいのですね」
横から家令に向けて放たれた言葉は、はっとするほど鋭かった。
思わずそちらの方を向くと、気負うことなく背筋を凛と伸ばした姉が、家令を見据えていた。
「そこまでは言っとりませんが、まあ、そのような感じで。呑み込みが早くて助かりますなあ」
姉の視線を辿って執務机の向こうへ顔を戻す。
目を細めたしたり顔で頷く狸が、椅子に埋まっていた。
「分かりました。近々、大公殿下が視察にお見えになります。対応はアンジェリーナに一任致しましょう。その頃の貴方は、毎年の事ですが、とてもお忙しいのでしょうね。こちらには来られない程に。なにせ聖誕際と年末年始、重要な行事が目白押しですもの。そうそう、これはティスベが弟に頼まれて作った聖誕際の飾りです。大切な跡取りをがっかりさせぬよう、確実にお渡し下さいね。お願い申し上げますわ」