表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花曇り/凍て空  作者: 唐子
本編
2/3

凍て空

彼視点。ちょっと話が前後します。



 ふと触れられた指先が、あたたかかったものだから。

 あまりにも、あたたかかったものだから。




「おや、まぁ」


 苑上の教室まで彼女を迎えに行くと、机にうつぶせて寝ていた。

 今日はとてもよい天気で、窓際の席の彼女には辛い陽気だったのかもしれない。


 残っていた生徒が、自分の姿を見ておもむろに教室から出ていく。目が合うと、幾人かの男子は心得たようにうなずき、女子は笑顔でサムズアップしていく。このクラスには、なかなかわきまえた人間がそろっているようだ。

 廊下から聞こえる、中学からの持ち上がり組が外部進学組の疑問に答える声は、聞き逃してやろう。


『高田苑上に手を出してはならない』

『二階堂唯が、何をするかわからない』

『二人に割り入ったら、何をされるかわからない』

『だから、あの二人には、関わるな』


 くつり、思わず笑いが漏れる。

 本当に心得ている。わきまえている。中等部からのあからさまな行動は少なくない影響を及ぼして、今では周囲が自分と苑上を積極的に近づけようとさえしてくれる。望んでいた展開だ。予測通りの展開だ。苑上にはわからないだろう。迷惑だろう。しかし、やめる気はない。


 誰もいなくなった教室で、彼女の前の席に座る。

 投げ出した両腕を枕にわずかに左側に顔をそむけて、すやすやよく寝ている。まつげが影を落としていた。

 とっくり寝顔を見つめて、そっと投げ出された右手をとろうとして、やめた。苑上に触れないぎりぎりに肘を置く。

 並べるように置かれた手は男女のそれで、自分のは骨ばって大きく、彼女のは華奢で白くて、小さかった。


 彼女に触れるときは、いつだって少し緊張する。

 苑上は、いつも気ままに触れてくると勘違いしているけど、彼女に触れるのはいつだって、神聖な儀式だった。我慢がきかなくて結局したいほうだいして、怒られて離されるのも、毎度のことだったけど。


 苑上は特別目を引く容姿ではない。

 中肉中背で、クセのない背中まで伸びた黒髪を、素っ気なくうなじでひとつにくくっている。化粧もほとんどしてない。

 ただ、たたずまいが、ひどく端正だった。雰囲気で他を圧倒していた。普通の中学生の持たないそれは、彼女を異質にしていた。


 思い出す。

 彼女は、最初から浮いていた。




 自分たちが通う中高一貫の私立校というのが、中学の間だけなぜか男女別学だった。完全な別離ではなく、クラスと校舎が隔離されてるだけの、ゆるやかな区別。特別教室や専門教科の教員は共通で、男女混合の部活もある。その程度。

 男子部に流れてくるうわさの一つだった。彼女、高田苑上は。


『厳めしい言葉使い』

『横柄な態度』

『暴力的』

『可愛げのかけらもない』

『生意気な』


 彼女を形容する言葉は否定的だった。それだけなら興味もなかった。同様の評価を自分も受けていて、『厳めしい』が『乱暴な』になる程度の差異しかなかった。自分と同じような女がいる。その程度の認識。

 思春期で反抗期で家庭問題が勃発していた当時は、余裕がなかった。

 荒れていた。

 素行不良な連中とつるみ、深夜まで街に出て暴力に明け暮れた。家に帰らない日が多かった。学校にも迷惑をかけていた。

 相当な悪童だった。それが、中一冬までの、二階堂唯。



 初めての邂逅は、日のとっぷり暮れた駐輪場だった。

 前日もケンカをして顔や体に大げさな跡の残った翌日、担任の小言というか泣き言を聞いて遅くなった、冬の始まりの日。

 腫れあがった口端に舌打ちして、チャリパクして駅まで出ようと向かった先に、彼女がいた。

 誰もいない一年の自転車置き場で、赤い自転車を押してやって来たのが、彼女だった。

 やけに正面きってメンチをくれてくる女子がいる。不快になり、脅しつけてさっさと帰らせようとしたのに、彼女はまったく意に介さないでどこか感心したようにささやいた。吐息がほわりと白く凝ったのを覚えている。


「髪、キラキラして、綺麗だな」


 言葉は飲み込まれた。ブリーチを繰り返した髪はぼろぼろで、とてもじゃないが綺麗なんかじゃない。でも、彼女の言葉は、透明な目は、それが心からだと告げていて。

 学校ではすでに持て余されたガキだった俺は、このころには誰にも、上級生にも同級生にも声をかけられるどころか目を合わせることすら稀だったから。

 あまりにも直球な視線と言葉に、二の句が継げなくなった。


 押し黙っている間に、彼女は不躾を詫び、自己紹介をした。一年の高田苑上だ、と。これが、あの、と思わないでもなかった。

 校則通りの制服に髪型。唯一の色は赤のマフラー。これすら制服の付属品。立ち止まるにしても自転車によっかかるなんてせずに、まっすぐ立っている姿は端正だった。

 暴力的なところなんて微塵も感じられない。高田苑上は、ぱっと見模範的な生徒だった。

 ただ、立ち姿だけが。まなざし同様ぴんとまっすぐで、綺麗だった。


 うわさと違う、そう言えば、彼女は小さく肩を下ろす。


「入学当初、男子部の上級生に絡まれていた同級生を救助した。掃除の最中だったからほうきで追っ払っただけだったのだが、いささか大げさに吹聴されてな」


 うわさが先走って、今では同級生すら話しかけてくれない……。悲しげに下げられた視線に、うわさを流した上級生をぶん殴ってやりたかった。

 そんな自分が不思議で、誤魔化すように「厳めしい口調は間違ってないけどな」と早口でつぶやいた。


「祖父に可愛がられたから、影響を受けた。……変か?」


 変だ。もっと女らしくしゃべってみたらどうだ。そう言ったつもりなのに、口から出た言葉は情けなくも正反対の「いや」。

 その返答は正解だった。彼女は、しごく嬉しそうに、笑ったから。


「祖父にも『直せ』と言われていたんだ。でも、わたしは祖父が好きだから、できるだけこの口調は残したい。今、肯定されて、すごくうれしい」


 ありがとう。の後に不自然な間が開いた。自己紹介がまだだったことに気づき、焦って学年と名前を言う。学年まで言ったのは彼女につられたからだろう。

 彼女は覚えるために何度も名前を繰り返した。「二階堂唯。二階堂唯……」顔が熱いのは、寒さのせいだった、きっと。


 そんなことをしていたら、視界の端にちらちらと白いものが舞う。二人して空を仰いだ。真っ暗な、星すら見える空から、雪が降っていた。


「風に飛ばされてきたんだな。もうすぐ本格的に降ってくるだろう」


 天気予報士みたいなことを言う。何故だかおかしくて、喉の奥で笑った。その時に。

 そっとのばされた指先が、俺のまぶたをかすめた。

 こどものように、彼女が笑う。


「雪だ」


 まつ毛についてた。長いな。そんな言葉は耳に入らなかった。


「じゃぁ、またな。二階堂」


 固まる俺を残して、彼女は赤い自転車を押して行ってしまった。


 『ありがとう』も忌憚のない会話も、あたたかい指先も屈託のない『またな』も、俺の心に波紋を作った。


 自分と同じ評価を受ける女子は、うわさとは全然違った。

 まっすぐで、素直で、正直で、家族を大切にして。俺とは全然違う。


 高田苑上は、冬の空に似ている。キンと晴れ渡った、雲一つない冬の空。

 どこまでも澄み切っているのに、とてつもなく冷たく、寒い。それは忌避すべき冷たさではない。

 純粋で透明な冷たさはどこか崇高で、近寄りがたい。彼女はそういう厳しさを持っていて、それはそのまま彼女の魅力だ。


 でも、実際の彼女は、あたたかくて。


 その指先を、独占したくて。



 ぼろぼろの自分を、彼女の好きなように直そうと思った。


 髪の色は暗い方が好きだというから戻したし、言葉遣いは丁寧になるよう努力した。悪い仲間とは手を切った。成績はもともと悪くない。彼女の苦手分野を得意科目にした。ふてくされながら教えを乞う姿は可愛かった。彼女はよく俺の手を見ているから、清潔には気を使った。

 家族を大切にする彼女を落胆させないよう、家族関係の修復に尽力した。苑上はそういう相談には真面目に答えてくれて、その律義さが愛しかった。


 立ち位置は友人。でももっと近い。そういう雰囲気を作り、まき散らす。

 人っていうのは面白いもので、誰かとつるみだすだけで垣根が格段に低くなる。俺の周囲にも人が集まるようになり、苑上の近くにも集まるようになった。

 無害なのは放っておいたけど、確実に『悪い芽』になりそうな奴らには、隠れてお仕置きした。そのうわさは浸透し、俺たちがふたりでいるときに近づく馬鹿はいなくなった。彼女はそれを嫌がったけど。

 とにかくあの冬からこっち、できる限り苑上の近くにいた。


 そういう風に彼女とかかわっていたら、表向き、完全に改心した真人間ができた。

 全部、彼女のため。


 当時担任だった化学教師が、あまりの変わりように『恋って怖ぇ』と呆れていたのを覚えている。

 これだけしたって、彼女の方から俺に近づいてきたことなんて、一度もなかった。俺の方から近づけば一瞬、うれしそうな顔をするくせに。

 このもどかしさ。このはがゆさ。そもそも気の長い人間じゃない。おあずけが長すぎると、犬だって牙をむくと、苑上はわかっていない。


 中等部で効いた牽制は弱体化しつつある。持ち上がり組の二倍近い人数が増えたんだから、当然のことなのだけど。

 高校にあがって、彼女の魅力に気付きはじめた奴もいる。本当に面白くない。


 そろそろ、この気ままな関係を進展させるべきかもしれない。

 彼女は望まない。そのことだけは確かで、己が滑稽だった。

 それでも、苑上が欲しいと。ゆるぎなくそれだけが変わらない自分自身が。


 小指同士が触れそうに並んだ、全く違ったふたつの手を見つめ、賭ける。


 この手が、触れたなら。


 彼女から、手を伸ばしたなら。

 このじれったいほどに甘い、遊びのような距離を、一挙に縮めてしまおう。


「……楽しみだねぇ、苑上さん」


 くつりと喉で笑う。きっと今自分は、彼女の嫌がる酷薄な笑みを浮かべているだろう。





 そして彼女が身じろぎ、華奢な手がさまようように動いて――――。






捕まえた彼。




以下、登場人物紹介。


高田 苑上(たかだそのえ)

 高一。硬い口調が高い壁になり人を寄せつけない雰囲気になっている。中身は普通の女子高生。別段Mではない。自覚はないが、本能的に二階堂が怖い。故に逃げてた。捕まった。


二階堂 唯(にかいどうゆい)

 高一。慇懃無礼の皮をかぶった猛獣。苑上が可愛くて可愛くて痛めつけたくてしょうがないS。一生懸命逃げてるのも可愛いけど泣き顔が一番可愛いなとか思ってたり。ドS。捕まえた。



 総合的に苑上逃げてー!な話。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ