保育園中退編
離婚してからの父は何もかもヤル気がなくなって、まるで廃人の様で僕は大嫌いだった。
しばらくすると家に変な女の人が住みついていた。
その頃僕は保育園に通っていて、皆の人気者でいわゆるガキ大将だ、僕はそんな保育園が大好きでその頃いつも一緒にいた、幼馴染の土屋翔吾とよく悪さして先生を困らせていた。
当時の僕にとっては保育園が唯一の心の拠り所だった。
しばらくするとだんだん保育園の迎えに父が来なくなり翔吾の父が迎えに来るようになっていた。
それから翔吾と2人で僕の家で夜中まで留守番する事が多くなり、よく2人で夜中、外にでて横断歩道で信号待ちの女子高生のスカートめくりや家の前の道路に走っている車目掛けて空きカンを投げるなどして遊んでいたが、父にばれてしまい、しこたま殴られた後6時間正座させられながら竹刀で殴られた。
それから翔吾とは留守番させられなくなりいつも1人でいたが父の居場所は分かっていた。
近くのパチンコ屋だ。
僕は夜中目が覚めたら隣に父がいます様にと願いながら毎日1人で眠りについていたが、夜中何回、目覚めても父がいる事はなく、毎日僕は独りで寂しくて仕方なく、当時4歳の僕は初めての家出をし、ばぁちゃんの家に行った。
すると父は怒り狂いながら僕を迎えに来た。
でも僕は嬉しかった。
もしかしたら僕はいらなくなったんじゃないか、迎えには来てくれないんじゃないかと思っていたからだ。
その帰り道、僕は父に、『もうお仕事しないの?』と訪ねたが、お前には関係無いと言われた。
当時、父は弁当屋を営んでいたのだが、僕は父の料理を作る姿、仕事をしてる姿が好きだったのだがそれも、あの変な女の人が来てから、仕事姿を見る事もなくなった。
それからしばらくして、父がお前に話しがあると言われ、尋ねると、父は『
保育園行くのお前1人で行けるか?』
僕は『なんで?』
父『忙しい、めんどくさい』
保育園まではちょっと坂を登ればすぐにあったため僕は1人でも行けたが、
毎朝、父と保育園までいくのが唯一の父との2人の時間だったため、
僕は『行けない!』そう言うと父は分かった、と一言、言って優しく頭を撫でてくれる、そう思っていた。
しかし父は『じゃ行くな、保育園は行かんでいい』。
僕は泣きながら嫌だと訴えたが無情にも父の心には届かなかった。
後書き。
ちなみに今までの書き方だと僕は虐待を受け
ていたと勘違いされてしまいそうだが、そうではなく、僕が本当に悪さをした時だけしこたま叩かれていた。
とても厳しくそしてとても不器用だが物凄く奥深い愛情を持っている人だ。
ただこの当時の父は変だった。
ちなみに僕は今まで一度も父から拳で叩かれた事はない。
僕は、何度か父が拳で人を殴る姿を見ているが、人って飛ぶんだー、と思った。
父は身長180㎝近くありとてもガッチリした体格をしているのだが、飛んでいった相手も似たような体格をしていた。
そのような体格をした人でも飛ぶのだから、
僕はいつも張り手一発で華麗に宙を舞い、三回転半ぐらい回っていた。
これは全くディフォルメしていない。
僕は身長170㎝と小柄な方だ。
そんな華麗に舞う僕を見て父はとても楽しそうだった。
あっ、やはり虐待だ!
これも余談ですが、当時の僕は子供である事をいいように利用して女性に甘えては抱っこをせがみ女性のオッパイを必ずニヤケ顏で鷲掴みにしていたそうだ。
父は本気で悩んだという。
僕は全く覚えていないのだが、なんていけすかないクソガキだったのだろうと思う。




