挫折
プロテスト一週間前、会長から一緒にプロテストを受ける中国人、ゾンニ君とスパーリングを命じられリングに上がった。
ゾンニ君はかなりタフで打たれ強くパワフルなボクシングをする選手だが決してボクシングは上手くない、僕は少し揉んでやる、そんな気持ちでスパーリングしていた。
ガードをしっかり固めイノシシのように一直線に突進してくるゾンニ君を軽いステップを踏み右に交わすと同時に右フックをお見舞いし、怯んだ所にレバーブロー、アッパー、レバーブロー、レバーブロー、アッパーと次々に繰り出すパンチが当たっていた。
そして一ラウンド終了三十秒前のゴングがなると、急に体が重くなってきた。
そして突進してくるゾンニ君を交わせずそのまま倒れこみ、身体が異常に重く、激痛が走り起き上がれなかった。
そんな僕を見て会長はスパーリングを中止し、そのまま病院に行き、検査するとそのまま僕は別府にある鶴咲病院に緊急入院した。
その日の夕方、先生から衝撃な言葉をもらう、、『もうボクシングは出来ないでしょう、 これ以上やると死に至ります、 貴方は今、一時的に筋肉のCKと言う数値が常識では考えられないぐらい上がって、筋肉が壊れ、溶けています、しかし一時的です、運動しなければ日常生活には問題ないでしょう、 しかし残念ながらこの病院では、はっきりした病名も原因も分かりません』
僕は一瞬、頭が真っ白になった。
なんで今なんだ、なんで俺なんだ、なんで俺はいつもこうなんだ、なんで俺がこんな目にあわなきゃいけない、なんで、、なんでなんだ、、、親父に合わす顔がない。
そう思うと僕は泣いた。
子供のように女のように声を出してないた。
そして僕は泣きながら使徒に電話して事情を説明すると、直ぐに駆け付けてくれ、この日、使徒は何も言わず、僕を一人にしないよう泊まりでそばにいてくれた。
それから、使徒は大分市で彼女と同棲中にもかかわらず毎日見舞いに来てくれた。
そして入院中プロテストの日が過ぎた。
僕のプロテストを期待していた皆からの電話がなりやまない、 僕は仕方なく電話に出るとやはり、『プロテストどうやった』この電話だ。
最初はちゃんと説明していたがいろんな人に聞かれるうち僕はちっぽけなプライドから嘘をついた。
『余裕で受かった。俺が落ちるわけがない、でも受かったけどプロテストの後に身体を崩し入院して、ボクシングが出来ない身体になった。 だからライセンスも奪われた』
そして入院3週間が過ぎ僕は退院した。
この頃僕は自暴自棄になっていて全ての物に対し苛立ちを覚えていて、 友達といる時も母親といる時も勝美といる時さえ苛立ち、何をしていてもその場では顔だけは笑っているが本心では苛立って本当にこの頃の僕はおかしかった。
そして僕はどうせ外に出ても皆に苛つくだけだ。
そんな思いから家に引きこもっていき次第に一番身近にいる勝美の一つ一つの行動が気に食わなく思い、勝美に当たり散らしていた。
そんな引きこもっている僕を使徒は『そんなずっと引きこもってても余計に考えて落ち込むだけやぞ、 あんま引きこもりやと鬱病になるぞ』
そう言って無理やり外に連れ出してくれた。
そしてある日、いつものように使徒が僕を外に連れ出してスポーツジムに来た。
使徒は『軽く動くんはしゃーねんやろ?(大丈夫の大分弁)たまにはちょっと動いてみるのもいいやねんか』
僕もどこまで動かして良いのか試してみたかったのでいい機会だと思い少し汗をかくことにした。
そして今から帰ると勝美に電話すると
『この電話は現在使われておりません』
僕は嫌な胸騒ぎがして急いで家に帰ると家はもぬけの殻になり台の上に置き手紙が、、
『もう今の生活に私は耐えれません、今まで凄く楽しかったです。
勝利君を見放す弱い私を許して下さい』
僕の所業に耐えかねた勝美が出て行っていた。




