名トレーナー
僕はどうしてもボクシングがしたいと父に頼みこみ、父の後輩が経営するダッシュボクシングジムの門をぐぐった。
初日、父とジムに尋ねると、そこのトレーナーだという胡散臭い関西弁のハゲたおっちゃんが対応してくれ一枚の名刺を渡された。
そこにはその胡散臭いおっちゃんが今まで育てた選手名がずらり並んでいて
その中には信じられない名前があった。
井岡 弘樹、赤井英和、山口圭司、徳山昌守など数々の元世界チャンピオンや世界ランカーの名前があった。
(井岡 弘樹は今話題のボクサー現WBAライトフライ級世界チャンピオン井岡一羽の叔父だ。)
最初は僕はこの人は詐欺師だと思ったが、父が録画していた、井岡 弘樹と赤井英和のビデオを見てもセコンド、にあの名トレーナー、エディータウンゼントの隣に本当に写っていた。
このおっちゃんの名前は竹本吾一通称、監督。
ダッシュ会長が大金をはたいて大阪の有名ジム、グリーンツダから呼びよせたらしい。
僕は吾一さんとは、おっちゃん、デコ坊の仲だった。
おっちゃんには度々驚かされ、おっちゃんに会いにわざわざ別府のジムまで具志堅用高や輪島功一などが遊びに訪れた。
おっちゃんのボクシングの教え方は流石と言うべきか、一人一人瞬時に怒って育てるか褒めて育てるか見極め、またダンスなどを取り入れていた。
ほかにもトレーナーはいたが僕はおっちゃんの言う事だけを聞いて毎日おっちゃんに鍛えられ毎日ボクシングの事で頭がいっぱいだった。
そんな日々を過ごすなか、僕は中学三年になり、学校ではどうにか僕を学校に来させるため、小山田を更生させる会というものができ、毎日誰かが僕を迎えに行くという事になったらしく、その役を任されたのは、少し太っちょで気の優しい安達靖久君だった。
それから毎日、僕を迎えに来た靖久君を僕は断固として拒否していたが、あまりに必死に涙目でお願いしてくるため、毎日朝飯と、週一で週刊少年ジャンプを買ってくるのを条件で学校に行く事にした。
(本当は陣が学校に帰って来た事もあり学校に戻ろうかと考えていた)
しかし僕が、毎朝中々起きないため靖久君も毎日遅刻し、すぐに泣きそうな顔をする靖久君をからかい登校する、そんな毎日も僕は中々居心地がよかった。
そんな気の優しい靖久君のおかげで学校が楽しくなりクラスの皆と一緒に卒業式を迎えたい、そう思う事ができた。
そして卒業式前日、約束の日が訪れた、、、




