イジメ
別府市立朝田小学校、父の母校に僕も入学した。
当時、朝田小学校は全校生徒800人弱、別府市内では1番生徒の多い学校だ。
そのためイジメにあう生徒も少なくない。
僕もその1人だ。
当時の僕は幼稚園に行っておらず、友達がいなく、ちょっと内気になっていて、誰も話しかけてこなかった。
また、当時僕の着る服は祖母が毎日決めてくれていたのだが、 父が僕に寝間着で買った仮面ライダーのペイントが入ったスエットなどを何故か好んで着せられていたので、 同級生からはライダーや朝鮮人と馬鹿にされて、 皆でサッカーやドッチボールなどをする時も、『ライダーは強いから1人でいいだろ』 『朝鮮人は日本人に負けたんやからお前は、仲間やない』
との理由で1対10のドッチボールが始まり皆で僕1人を狙うなどしてイジメに、あっていた。
今、思えばそんな朝鮮人など僕の実母が韓国人などの事を小学一年生が分かるわけがなく、恐らく僕の父を知っていてなおかつ良く思ってない親が子供に吹き込んだのだろう。
そんな僕に唯一良くしてくれる人物がいた。
幼馴染の土屋翔吾だ。
当時の僕は翔吾がいなかったら、多分、不登校になっていただろう。
翔吾は当時、サッカー部に所属しており、翔吾の誘いで僕もサッカー部に入った。
翔吾とサッカーをしてる時だけはイジメの事を忘れられ、とても有意義な時間をすごせた。
しかし毎朝、目が覚めると現実に戻される。
僕はイジメられている事を祖母に言えずにいたため、祖母に毎朝起こされる時、サッカーの、朝練に行きたくないと嘘をつきダダをこねていると、布団叩きでバシバシ叩かれ、毎朝泣きながら起きていた。
そんな毎日を3年間僕は耐えていた。




