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Reunion In the Paradise

作者: tazdev

気が付けば、真っ暗な世界が自分の周りを覆っていた。

何かが自分の周りを取り囲んでいるようで、とてつもなく狭くて居心地が悪い。

どうにかしてここから抜けだすことは出来ないだろうか。

やっと長いまどろみから目が覚めて「自分」という「個」を認識し始めた彼はゆっくりと、「頭」と呼ばれるソレをグイッと持ちあげて自分を包む「何か」から脱出しようと試みる。


ぴき。


「何か」――殻と呼ばれるもの――を破るのは、彼が思っていた以上に労力を要した。

何度か頭を殻に擦りつけ、そして「前足」と呼ばれる二本をギュッと踏ん張って押しつけて。そうやってしばらくもがいていると、ようやく一筋の歪みが殻に入った。


ぱき。ぱきき。ぱり。ぱりり。


最初の一筋でだいぶ殻の強度が弱まっていたのか。それとも、彼の殻の破り方が最初よりも上手くなったのか。歪みが出来てからの殻との格闘はそこからとんとん拍子に進んで行って。


ぺりんっ。ころん。


頭がまず殻の外に突き出たかと思うと、勢い余ってそのまま体の大半が、初めて彼が目の当たりにする「外」へと転がり出た。

まだ殻の中に残っていた後ろ足を、殻を思いっきり蹴ることによって外に出す。そして改めて自分は今どうなっているんだろう?ときょろきょろしようとしたところ。


ゲシッ。


誰かに思いっきり頭を蹴られた。一体誰だ!?と足が飛んできた方向を見れば、自分と同じような姿かたちをしたものが、小さな四肢を必死でばたつかせ、埋もれたこの空間から抜けだそうともがいている。そんな彼を見て、彼もようやく気が付いた。殻から出ただけでは始まりではないのだということを。この狭く圧迫感のある空間から抜け出てこそが、彼の始まりなのだということを。

だが、孵化したばかりの幼い彼らにとって、もがいてももがいても上から横から襲ってくる「土」という敵はやっかいだった。小さな足で土を蹴りだしても、再び別の場所から土がなだれ込んでくる。その繰り返しを何度もやっていたら、幼く体力のない彼らは力尽きてしまう。

しかし、彼らにはたくさんの兄弟姉妹がいた。同じ時期に産みつけられた卵は、同じ時期に孵るものだ。どんどんと彼らの数は増していき、見事な人海戦術のもと、彼は生まれて初めて外界の光を浴びた。

それは眩しくて、それでもずっと浴びていたいと感じるような心地よいもので――。




彼――ロンサム・ジョージと呼ばれる、地球上でもっとも孤独な生命体は眩い光をふと感じ、眼を覚ました。

何かとても懐かしくて優しい夢を見た気がする。

まだ彼が、「ジョージ」と呼ばれるずっとずっと前のこと。まだ、孤独も悲しさも何も知らない、幼くて全てが新鮮だった時代のこと。

……まだ。彼が「ひとりぼっち」になる前の、あたたかくて忘れがたい優しい時間。

――もう何十年前のことだろうか。

あるとき、二本足の見知らぬイキモノが来て。あれから、彼の、そして彼の大切な仲間たちの生活は一変した。

大きくて重い体を持つ彼らは、すぐに見知らぬイキモノに捕まった。そうして、どんどん数を減らしていってしまって。

――気が付けば、彼はふたりぼっちになってしまっていて。

二本足のイキモノ――人間――に捕まって。それからしばらくして、本当に彼はひとりぼっちになってしまった。

彼と一緒に捕まった、最後の仲間は……すぐに虹の橋を渡って行ってしまったから。


……一体、どれだけ長い間、自分はここにとらわれているのだろう。

一体、あれからどのくらいの年月が過ぎ去っていったのだろう。


ここにとらわれ、暮らしているあいだは、敵に襲われるという恐怖もないし餓えの心配もない。

一緒に暮らさせられている、姿形の似通った、でも自分とは違う仲間のようなもの曰く「楽園」だというが、彼にとっては「監獄」のようなものだった。

ただ、ただ何をするだけでもなく生きているだけ。呼吸をしているだけ。日々をだらだらと過ごしているだけ。


あと何年、この暮らしをすればいいのだろうか。

―――絶対的な孤独に立ち向かうには、もう彼は疲れすぎていると言うのに。



もう、いいかい?



首をのばし、誰ともなく聞いてみた。

幼いころの夢を見て、ふとあのころにやった「かくれんぼ」を思い出したからかもしれない。

――あのころとは違ってもう、誰も返してくれる仲間はいないのだけれども……。



もう、いいよ。



彼は耳を疑った。

――空耳だろうか?あまりに孤独を生きすぎて、ついにどこかおかしくなってしまったのだろうか。



もう、いいよ。ほら。君も渡ってくるときが来たんだよ。



――目の前には、虹の橋。そして、橋の向こうには……。



……ああ。やっと自分の番が回ってきたのか。

彼は湧きあがる嬉しさを身に感じ、首をのばしながらゆっくりと、しかし確実に虹の橋を渡って行った。



「やっと、会えたね」

「今まで、お疲れさま」

もう、二度と孤独を感じることはない。絶対的な寂しさで気が狂いそうになることもない。

悲しくて苦しくてどうしようもない日々は、ようやく終わりを告げたのだ。


――虹の橋を渡り切ったとき。

彼はようやく、何十年もの時を経て、かつての仲間たちに再び巡り合うことが出来た。


2012年6月24日。

地球上最後のピンタゾウガメ、ロンサム・ジョージ永眠。

今までありがとう。お疲れ様。そして……永遠にさようなら。

願わくば。天国でかつての仲間たちに囲まれて幸せをかみしめていますように。

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