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twins

作者: ムニプニ

部活でのコンクール用の原稿です。落選作です。

 眼が覚めると、十何度目かの誕生日をむかえていた。

 きっと両親は居間でケーキを用意してくれているはずだ。私が生まれてから一度も欠かすことなく祝ってくれている。これからも欠かさず祝ってくれるだろう。

 でも、私は誕生日が嫌いだった。誕生日が近づく度に憂鬱になる。毛布にくるまりもう一度眠ろうとしてみるけど、すっかり眼が覚めてしまった。

 小さく溜息を吐く。眠れないものは仕方ない。寝巻を脱ぎながら、ずるずるとベッドから這い出した。思っていたより肌寒くて息を止める。心臓が焦ったかのように動き出した。どうやら私の身体は、未だにちゃんと生きているらしい。

 鏡を見てほっとした。私の胸にある歪な傷跡。その傷を見る度に、私は生きていると思い知らされる。

 傷を一撫でして、服を着る。窓の外では雨が降っていた。雨は嫌いじゃない。机の上からウォークマンを取り、再びベッドに横たわる。頭まで毛布を被った。足がはみ出ないように膝を抱える。

 何を聞こうか。迷った時はシャッフルにする。流れてきたのはショパンの『雨だれ』だ。今の気分にちょうどいい。

 私はクラシックとジャズとロックとポップ、それからラップやレゲエが好きだ。解りやすくいえば、音楽が好きだ。音楽に耳を傾ける、頭が空っぽになるような感覚が好きなのだ。しばらくすると、曲が変わる。ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』の『ブロムナード』。

 眼を閉じ、息を止めた。すぐに鼓動が聞こえてくる。ひどく耳障りだ。私はまだ生きているらしい。曲が切り替わる。ラヴェルの『道化師の朝の歌』が静かに始まった。

 私は胎児のように体を丸める。鼓動は未だにうるさかった。しばらくすると体が揺れる錯覚が生まれる。透き通った水でたゆたう感覚。それはきっと羊水だ。ゆらゆらと水底に沈んでいく。これは夢ではないだろう。意識ははっきりしているし、ピアノの音も続いている。でも、鼓動だけは止んでいた。

 水底に触れる感触で、ようやく眼を開ける。澄んだ青い景色。水は温かく私を包んでくれる。息は苦しくない。呼吸をする必要もない。ここはとても優しい色で満たされていた。

 キョロキョロと辺りを見回すと、彼女はいつも通りそこにいた。

 お誕生日おめでとう、と私は彼女に抱きついた。彼女は困ったように私に笑いかける。それからゆっくり抱きしめ返してくれた。ああ、私はこれだけで幸せだ。

 ピアノの音が止まり、再び始まる。リストの『愛の夢』。この曲はもともと『おお愛せよ、お前が愛しうる限り』という歌曲だ。私はこの曲はあまり好きじゃなかった。墓石の前で泣くなんて冗談じゃない。

 ここからでは曲を変える手段はないので、意識の外に追いやる。それでも私は不機嫌な顔をしていたのだろう、彼女は私の頭を撫でてくれた。嬉しくて飛び上がりそうになる。はしゃぐ私に、彼女は少し呆れながらも付き合ってくれた。

 私が落ち着いたころに彼女は、お父さんとお母さんはどうしたの? と首を傾げた。私は知らない、と首を振る。今だけは考えたくないのだ。そんな私を見透かして、彼女はまた困ったように微笑んだ。

 別に親子仲が悪いわけじゃない。寧ろ、良好だと思う。二人ともとても優しくしてくれる。お母さんはよくお菓子を作ってくれるし、お父さんは宿題を手伝ってくれる。ただ、私が憂鬱なだけ。

 生きていることが憂鬱でしかたないのだ。私の中でとても大事なものが欠けてしまっている。それが何なのか解っていても、解っているからこそ、どうしようもなく憂鬱だ。生まれてきたことが間違いなんじゃないかとさえ思える。

 ふと気がつけば、彼女は寂しそうな顔をしていた。それはとても切ない表情で、胸が苦しくなる。彼女は私の傷を、ごめんね、とそっと撫でた。違う、そうじゃない。悪いのは私なのだ。伝えたくともこの思いは形にならず胸の中で溜まっていく。溜まれば溜まるほどもどかしく、焦りがゆっくりとこがして、砂糖のように黒く固まってしまった。重くて、心がズブズブと肉に埋もれてしまう。いつかこの思いは癌となり、私を内側から引き裂いてくれるのだろう。私はこんなにも憂鬱だ。これが絶望だというならば、私は生まれた瞬間から絶望していた。心は、既に死んでいた。

 彼女は私に会いに来てほしくなかったはずだ。私がここに長居してはいけないと思っている。ここはたぶん境界線の上だから、ここを越えたらきっと戻れなくなってしまうから。

 もう何曲目だろうか。流れているのは狂ったような歌声。オルフの『カルミナ・ブラーナ』の冒頭だった。

 いつもは伝えることのできない思いを今日こそ伝えよう。どうせ見透かされているけど、伝えるまでもないことだけど。だって、私達は一つだから。

 もう戻りたくない、と手を握った。

 彼女は首を振った。叶わない願いだと突きつけられる。解ってはいたけど、胸が引き裂かれた。

 まだこちらに来てはいけないよ、と彼女は微笑んだ。泣きそうな顔で微笑んだ。

 どうして、と問いたいが、そんなこと解りきっている。解りきっているから、私は憂鬱なのだ。

 私達は一つ。二人で一つだった。この羊水の中でとけあい、結ばれて生まれた。でも、世界は残酷だ。二人を引き離さなければ、二人とも生きてはいけなかった。だから、私達は生まれてすぐに引き離されてしまった。二人で一つだった私達は半身を失い、生死の境を彷徨い、そして、私だけが生き残った。生き残ってしまった。死に損なってしまった。胸の傷だけが、私と彼女が一つだった証なのだ。

 生まれてからずっと欠けた世界で生きてきた。何をしても全て半分なのだ。嬉しさも、楽しさも、切なさも、寂しさも半分だけ。何をしても満たされない。当り前だ。だって、彼女はもうこちらにいないのだから。唯一の救いは、こうして彼女と会うことができたことだ。この境界線上で私は彼女に会うことができる。長居はできないけど幸せだ。でも、もう我慢したくない。この境界を越えてしまいたい。

 爆ぜるような声が終わり、プッチーニの『誰も寝てはならぬ』に変わる。テノールの声が視界を歪ませた。

 あなたは怖いんでしょう、と頭を撫でられた。途端、涙があふれ、羊水にとけていく。ごめんね、と伝えたかった。謝りたかった。わかっているよ、と彼女は微笑む。藍色の泣き笑い。

 ずっと一緒だから大丈夫だよ、と彼女は笑う。だから泣きやんで、と私の頬を撫でる。自分だって泣いている癖によく言う。

彼女の姿が薄れていく。彼女が境界の向こう側へ行ってしまう。優しい世界がとけはじめていた。

 私の身体はふわりと浮き上がり、私の意志を無視して彼女から離れていく。

 まだ言い残したことがあるのに、次はいつ会えるかも解らないというのに、世界は急激にその色を変えていく。

 彼女は最後まで笑顔だった。私はきっと、ひどい顔をしていただろう。だからせめて、またね、と手を振った。ちゃんと笑えていると嬉しいのだけれど。

 水面にぶつかり、眼を開けた。温かな羊水もなにもかも一瞬で霧散する。胸が苦しくて、息を止めていたと思いだした。深呼吸をすると、肺が軋む。心臓が大慌てで酸素を運び出した。どうやら私の体はまだ生きていたいらしい。イヤホンからは流行の邦楽が流れている。窓の外に目をやると、雨は止んでいた。

 またこちらに戻ってきたらしい。これでしばらく彼女に会えない。次に彼女と会えるのはいつのことになるのか、予想もつかない。あの優しい時間は訪れる度にその間隔が開いていっていた。昔は毎日のように訪れることができたというのに。きっと私自身が海から遠ざかってしまっているのだ。

 眼を閉じ、溜息を吐く。彼女と会えなくなるなど、想像もしたくない。二度目の別離など味わいたくはないのだ。これが成長のせいだというのなら、私は成長したくない。生きていたくなんてない。

 神様はきっと私達のことが嫌いなのだ。誕生日なんてものがあるから、時に流れなんてものを作るから私は取り残され、前に進めない。世界は私を置き去りにする。彩度のない世界で、震えるしかない。

 全てが暗澹としていた。ああ、憂鬱だ。いっそ、死んでみようか。首に手を添え、軽く絞める。死んで、彼女の元に行こうか。甘く濃厚な毒が私を満たしていた。きっとの向こう側に行けば、幸せになれる。少なくともこの世界よりマシなはずだ。

 ジクリ、と傷が痛んだ。あまりの痛みに胸を押さえ、涙を流す。涙は後からとめどなく溢れだしてきた。これはいったい誰の涙だろう。胸が苦しくてたまらない。私の鼓動はせわしなく生きようとしていた。私の心臓は二人分の命を背負っているのだと思いだす。この心臓は私だけのものではないのだ。例え切り離されたとしても、私の命は私だけのものでは決してない。たとえこの世界が私達を拒絶しても、私が死んでいい理由にはならないのだ。

 涙が止まると少し視界が明るくなった。何故だか心臓が温かい。血流を阻害していた黒い塊が取り除かれたのかもしれない。だとしたら、彼女のおかげだろう。あの涙は彼女からの贈り物だ。眼を閉じ、息を吸うと肺に冷たい空気が流れ込んできた。


 居間に行って、両親とケーキを食べよう。

 今日は私達にとって大切な日なのだから。



ジャンルとあらすじは本当に難しい……何をどう表現すればいいのやら;


コンクール用の原稿ということで、狙いにいったテーマで狙いにいった文章を書こうとしたら迷走した結果です←

慣れないことはあんまりするものではありませんねw

うちの編集長の厳しいツッコミが入りまくりましたw

それでも、書きたいことは書けたので私は満足です。


感想、誤植、批判などございましたらよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは文学ではなくエッセイですね。 物語性は感じませんでした。 有名なベトちゃんドクちゃんでしょうか。 難しい題材を選びましたねぇ。 こういうテーマは、かえってSFの方が生きるかもしれません…
2012/04/04 21:27 退会済み
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