1話 悪夢
「お母・・・さん・・・・・」
ベッドに横たわる変わり果てた唯一の肉親の姿。
目の前に突きつけられた現実。まだ8歳だった僕にはとても重い出来事で。
「いやだ・・・嫌だよ・・・母さん・・!!」
僕は泣き叫ぶ。静まり返った病院に僕の声が木霊する。
『もう、一人ぼっちは嫌だよ』
そこで目が覚める。もう、この夢を見るのは何回目のことだろう。全身が汗でぐっしょり濡れている。
あと何回ゴメンナサイを言えばこの悪夢から開放されるのだろうか。
ゆっくりと息をはく。
「優、朝ゴハンできたよ」
リビングから兄が僕を呼ぶ。僕は今行く、とだけ返事をして制服に着替える。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
コーヒーのいい香りがする。僕はいつもの席に座るとトーストにかじりつく。
あ、そうそう、とお兄ちゃんが何かを思い出す。
「優、今日大事な話があるから早めに帰ってこれるかな?」
「うん、今日は早く帰ってこれるよ」
食器を台所に運んで、カバンを掴む。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
ドアを開けて外へ出る。
清々しい空気が僕を包む。今日もいい天気だ。
だけど、
僕を見つめる兄の視線が悲しみに染まっていたことは誰も知らない。