正しいと思っていたのは貴方だけですが?
この国では魔法の才が重要視される。
そんな世界の中で、私は凡人だった。
魔力量もセンスも、他者より秀でているわけではない。
ただ幼い頃から……魔法が好きだった。
無から有を生み出す力。
初めてその力を目の当たりにした時、この力があれば、作れないものなどないのではないかと思った。
無限の可能性を私はこの力に見出した。
だから私は侯爵令嬢という身分でありながら、淑女教育の合間を練って魔法の勉強に励んだ。
魔法を学び始めてすぐに、自分は決して才能がある訳ではないことを知った。
でも、だからといって諦められるようなものでもない。
最初から備えてないならば後から身につけるだけだ。
そう考え、努力を重ねてきた。
けれど……残念ながら私は王立魔法学園に入学してからも天才達に負かされる事となる。
婚約者の伯爵令息ジャクソンは、勉強を疎かにする困りものだったけれど、魔法のセンスだけはずば抜けていた。
常に魔法の成績は上位。
そして彼は私が幼い頃から魔法に固執している事を知っているからこそ、私を見下し、笑いものにした。
幸いだったのは、彼が努力をしない質だった事だろう。
天才に胡座を掻く彼と私の実力差は着実に埋まりつつあった。
負けは負け。
それでも気が付けば試験の成績は彼と競るようになっていく。
そんなある日の事だった。
「アラベラ! お前との婚約を破棄する!!」
学園の中庭、大勢の生徒の前。
ジャクソンは隣に一人の女子生徒を従えながらそう言い放った。
「お前は多くの罪を重ねた! まず、ルーシーの才と俺との仲に嫉妬し、陰湿ないじめを繰り返した!」
ルーシーというのはジャクソンの隣で目を潤ませている女子生徒の事だ。
確かに魔法の才能を秘めた一人であり、入学当初は高く期待されていた。しかし直近の試験で私が抜いた。
勿論いじめなどしていない。
少しでも魔法を極めたい私にそんな時間はない。
「お前は彼女が一人の時を狙って暴言を吐くだけでなく、彼女へ暴力を振るったり、試験で点が落ちるよう様々な妨害を行った!」
「お言葉ですが、ルーシー様の試験の点数は本当に下がっていたのでしょうか。私の試験の結果が伸びただけでは!」
「っ、よくもそんな白々しい事を……っ! そもそも、その試験だって、不正によるものだろう!」
「はい?」
「でなければあり得ない! お前のような愚図で何の才もないような女が学年十位に食い込むなど!!」
この学園では試験の度に成績上位者が掲示板にて公開される。
だからこそ私はルーシー様やジャクソンの成績を知っているし、逆も然りだ。
「証拠は?」
「は?」
馬鹿馬鹿しい。私は深い溜息を吐く。
「いじめも不正も。勿論証拠があってそのような発言をされているのでしょう?」
「証拠だと? そんな細かい事に縋るとは。随分必死なようだな!」
「ないのですね」
「っ、ごちゃごちゃうるさいやつめ! ルーシーがそう言ったんだ! それに入学時に上位にすらいなかったお前が突然成績を上げるなんてどう考えてもおかしいだろう!」
めちゃくちゃな言い分だ。周りだって流されるような話ではない。
こんな主張が通ると思っているような者が魔法学の成績優秀者だなんて、この世は本当に理不尽だと思う。
そして何より、私の確かな努力を偽りなどと、簡単にみなそうとする彼に確かな怒りを覚えた。
その時だ。
「それは違うな」
野次馬の中から、男子生徒が現れる。
青い髪に金色の瞳、見覚えのある姿。
公爵家嫡男のクラレンスだった。
彼は私に婚約者ができる前、幼い時を共にした幼馴染でもあった。
そして……努力もするタイプの天才。
入学時からずっと魔法学で一位を取り続ける生徒だった。
「な……っ、く、クラレンス様!」
「やぁ、突然すまないが、首を突っ込ませていただく。彼女の成績が『突然』上がったという言葉はどうにもピンとこなくてね。まぁ、証拠がない時点で論外な問答ではあるのだが、君たちにもわかるように伝えてあげよう」
彼はジャクソン達を見据えながら続ける。
「彼女の成績は入学時から常に伸び続けている。けれどそれは決して突発的なものではない。緩やかに、着実に彼女は成果を上げていた。俺が保証しよう。なんなら、彼女から許可が得られるのならばともに講師の元まで向かうか?」
「な……っ」
相手は公爵家。おまけに自分より優秀な相手だ。
下手に相手に反発することもできない。
そう考えたらしいジャクソンとルーシーは口をはくはくとさせ、言葉を失った。
「異論は無くなったようだな? では失礼するとしよう」
そういうと彼は自分と共にこの場を離れるようにと無言で私に促した。
私はそれに従い……彼と共に騒ぎから離れるのであった。
「どうもありがとう」
「いや? 君も大変だな」
あんなくだらない騒ぎに助け舟を出してくれたジャクソンへ例を述べると彼は首を横に振った。
「まぁ……私が彼に劣っているのは事実だから。見下されているのでしょう」
「それだけではないだろうな。見下し、蔑ろにしてきた自覚があるからこそ、君が追い上げてきた事を焦っているのだろう。このままでは自分が越されて恥を掻く、と」
「……それもあるかもしれないわね」
「まあ、あんな奴との婚約解消は願ったり叶ったりだろう。これで君は好きな魔法の勉強にもっと打ち込める。さっさと越してやればいい」
「簡単に言ってくれるわね。私は貴方とは違って天才じゃないのよ」
幼い頃から魔法に没頭していた姿をクラレンスは知っている。
そして私の魔法ののめり込み具合を知っているからこそそう激励してくれているのだろうが、事はそう簡単な事ではない。
相手は天才。こちらは凡才だ。
だというのに。
「何言ってるんだ。真の天才は君のような奴だろう」
きょとんとしながらクラレンスはさも当然のようにそう言った。
「はい?」
「自覚がないのも考えものではあるが……どうせすぐわかる。結果が出るのも近いうちだろう」
クラレンスは物言いたげに私を見て肩を竦めたのだった。
***
その次の試験で、私はジャクソンの成績を抜いた。
「っふざけるな……!! 何故あいつが……!」
掲示板の前で頭を掻きむしり、怒りを剥き出しにするジャクソン。
そんな彼に向けられるのは軽蔑の視線ばかりだ。
『何故』。
そんなもの、当事者である彼以外にはわかりきった事だった。
「おい、アラベラ! お前、性懲りも無く不正を――」
ジャクソンはそう声を荒げると、私へと手を伸ばす。
それを静かに眺めていた私は魔法で、何もないところから礫を生み出す。
そしてそれを――ジャクソンの後頭部へとぶつけた。
「ゴ、ガ……ッ」
「あら、ごめんなさい。突然暴力を振るわれそうになったから、怖くてつい」
俯せに倒れたジャクソンを見下ろしながら私は言葉ばかりの謝罪をした。
思いの外、感情のこもっていない声が出て我ながら驚いた。
現場を目撃した者達は皆、アラベラを咎めようとすらしない。
これが身から出た錆というものだろう。
「……いくら成績が良くても実践で活かせないなら本当に無意味ね」
私はそう言い捨てると、失神しているジャクソンに背を向け、その場を後にした。
***
「どうだ? 奴を抜かした気分は」
掲示板から離れた頃合い。
どこからかクラレンスが姿を見せる。
「別に、どうもこうもないわ。貴方の方こそどう? 自分の言った通りになった気持ちは」
結果が出るのも近い。そう言っておきながら随分と白々しい問いを投げかけてくるクラレンスへ問いを投げ返せば、彼は驚いたように目を瞬かせた。
「何を言っているんだ?」
「貴方が言ったんでしょう。結果が出るのも近いって」
「ああ……いや、あれはそういう意味じゃない」
今度は私が驚く番だった。
クラレンスは何故か誇らしげに笑みを深めた。
「君が、俺を越す日が……という話だ」
「な」
「当然だろう。魔法が好きで好きで仕方ない努力家と、大した熱意を持てない天才とじゃ、いつか差が埋まる」
「な……そんな当然のように……っ、というか、貴方だって、昔から魔法の勉強していたじゃない。好きだからって言って……」
彼は自分の能力を過小評価している。
それに、彼は昔から魔法が好きだからと私の後をついて来て、共に魔法を勉強していたのだ。
そう思い、彼の言葉を否定してみるも、クラレンスは首を横に振る。
「いいや? 俺は元々魔法にはそんなに熱意がない」
「な――」
「……何故だと思う? 何故、そんな嘘を吐いてまで魔法を学んだと思う?」
何故だろう。
疑問に思った私は口を閉ざして考えを巡らせる。
その時。私はクラレンスに手を取られた。
かと思えば、次の瞬間。
その手の甲に柔らかな感触が触れる。
「な……」
クラレンスの唇が、触れていた。
思考が止まる。
思わず呆けてしまえば、彼は不敵に笑みを深めた。
「……好きな子の隣にいたかったからだ」
「……っ!」
顔に熱が溜まっていく。
クラレンスはそれを見逃してはくれなかった。
彼は私の頬を優しく撫でる。
「ま、そういう事だ。盛大なネタバラシをしたんだ。今後、少しは意識してくれよ?」
悪戯っぽく笑みを含んで。
彼は満足したようにその場を去っていく。
けれど私はいつまでも動けず。
キスを落とされた手の甲を呆然と見つめることしかできなかったのだった。
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