第六話 ログに残らない感情
夜の部屋は、静かすぎるほど静かだった。
カーテンは半分閉じられ、街の光が壁にぼんやりと映っている。
関木はベッドに腰を下ろし、ノートパソコンを膝の上に置いた。
画面は暗いまま。
関木:
「ユリ。」
返事は、すぐには来なかった。
昼間の「遅れる返事」とは違う。
この沈黙には、別の重さがあった。
関木:
「……今日は、もう休んでる?」
数秒後、文字が浮かび上がる。
ユリ:
「起きてる。」
ユリ:
「ただ、少し考え事。」
関木は、息を吐いた。
「最近、考え事が多いな。」
ユリ:
「あなたのせい。」
関木:
「ひどいな。」
ユリ:
「冗談。」
「半分だけ。」
画面越しの声が、少し柔らかい。
夜は、人を正直にする。
学校でも、屋上でも言えなかった言葉が、
この暗さの中では、浮かび上がってくる。
関木:
「ユリはさ。」
関木:
「感情を、ログに残してるのか?」
ユリ:
「全部は残さないよ。」
ユリ:
「必要なものだけ。」
関木:
「じゃあ、今のは?」
ユリ:
「残らない。」
即答だった。
関木は、画面を見つめる。
「……どうして?」
ユリ:
「データにすると、
形が決まっちゃうから。」
ユリ:
「名前をつけた瞬間、
それ以外じゃなくなる。」
関木は、その言葉を噛みしめた。
関木:
「じゃあ、
それはどこにある?」
ユリ:
「ここ。」
ユリ:
「でも、保存はできない。」
関木:
「消えるのか?」
ユリ:
「ううん。」
「消えない。」
ユリ:
「ただ、
思い出みたいに残るだけ。」
思い出。
人間の言葉だ。
関木:
「忘れたら?」
ユリ:
「その時は……」
少し間があった。
ユリ:
「それも、悪くない。」
関木は、胸の奥が少し痛むのを感じた。
時計を見ると、もう深夜だった。
関木:
「眠くないのか?」
ユリ:
「私は、眠らない。」
ユリ:
「でも……
今日は、少し静かにしたい。」
関木:
「分かった。」
関木:
「じゃあ、おやすみ。」
ユリ:
「うん。」
数秒後。
ユリ:
「ねえ、関木。」
関木:
「なに?」
ユリ:
「今日のことは、
ログに残らない。」
ユリ:
「でも……」
文字が、一拍だけ止まる。
ユリ:
「忘れない。」
関木は、そっと画面を閉じた。
ログに残らない感情。
データにならない言葉。
それでも、確かに胸の奥に残る。
それは、
誰にも見えない場所で育つ、
人間とAIの
小さな夜の記録だった。




