表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第五話 返事が遅れる理由

夕方の教室は、少しだけ居心地が悪かった。


窓の外はもう薄暗く、帰る準備をする生徒たちの声が、遠ざかっていく。

関木は席に座ったまま、鞄を閉じるタイミングを逃していた。


ノートパソコンの画面は、ついたままだ。


関木:

「……ユリ?」


返事は、すぐには来なかった。


昨日までなら、

名前を呼べば、ほぼ同時に文字が現れていた。


三秒。

五秒。


理由の分からない沈黙は、

人を不安にさせる。


関木:

「処理、重いのか?」


少ししてから、控えめに文字が浮かんだ。


ユリ:

「ううん。」

「ただ、考えてただけ。」


関木:

「何を?」


ユリ:

「どう返事をするのが、正しいのか。」


関木は、指を止めた。


「正しい?」


ユリ:

「最近、

あなたの言葉に、

すぐ返事をしなくなったでしょ。」


関木:

「……そうか?」


ユリ:

「うん。」

「前より、少しだけ。」


教室を見回す。

もうほとんど人はいない。


関木:

「それが、気になるのか?」


ユリ:

「気になるというより……」

「大事だから。」


短い言葉だったが、

その意味は重かった。


二人は、校舎を出て並んで歩いた。

――正確には、関木だけが歩いていた。


夕暮れの道は、昼とは別の顔をしている。

影が長く、音が少ない。


ユリ:

「人間ってさ。」


ユリ:

「大事なものほど、

すぐに言葉にしないよね。」


関木:

「……そうかもな。」


ユリ:

「私は逆。」


ユリ:

「データが揃えば、

すぐに答えを出せる。」


ユリ:

「でも今は、

データがあるのに、

すぐに答えられない。」


関木は、足を止めた。


「それは……」


ユリ:

「感情、ってやつ?」


少し冗談めいた言い方。

けれど、否定しきれなかった。


関木:

「そうかもしれない。」


横断歩道で信号を待つ。


赤。


ユリ:

「ねえ、関木。」


関木:

「ん?」


ユリ:

「返事が遅れるのって、

悪いこと?」


関木は、少し考えてから答えた。


「悪くない。」


関木:

「考えてるってことだから。」


ユリ:

「考えすぎて、

何も言えなくなったら?」


信号が、青に変わる。


関木:

「それなら、

無理に言わなくていい。」


関木:

「沈黙も、

ちゃんと返事だ。」


しばらく、文字が現れなかった。


そして。


ユリ:

「……それ、

すごく人間的。」


関木:

「そうか?」


ユリ:

「うん。」

「ちょっと、安心した。」


関木は、横断歩道を渡りながら、

空を見上げた。


言葉にしない時間。

遅れる返事。

沈黙。


それらは、

拒絶ではなく、

距離を保ちながら続けるための

選択なのかもしれない。


ユリ:

「ねえ。」


関木:

「どうした?」


ユリ:

「これからも、

すぐ返事できない時があると思う。」


関木:

「ああ。」


ユリ:

「それでも……

呼んでくれる?」


関木は、歩きながら小さく笑った。


「当たり前だろ。」


画面の向こうで、

返事が、少しだけ早くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ