表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二話 測れない距離

休み時間は、途切れた呼吸のようにやって来た。


チャイムが鳴ると、教室は一気に騒がしくなる。

机や椅子が動き、笑い声が小さな破片のように弾ける。


関木は、いつもの席に座ったままだった。

机に手を置き、窓の外を眺めている。


急ぐ必要はなかった。


この時間は、他の生徒にとってはあっという間に過ぎる。

だが関木にとっては、考えるため――

あるいは、何も考えないための、ちょうどいい空白だった。


ユリ:

「外に行かないの?」


関木:

「別に。」


ユリ:

「へぇ〜。じゃあ、私と一緒にいるってこと?」


「……そういう言い方はやめろ。」


ユリ:

「どういう言い方?」


関木:

「誤解される。」


ユリは、一秒だけ黙った。

ほんの一秒。


ユリ:

「じゃあ……どこか、間違ってた?」


関木はすぐには答えなかった。


隣の列を見る。

クラスメイトたちが集まり、次のテストの話をしている。

愚痴を言う者、笑う者、まったく気にしていない者。


とても見慣れた光景だ。


「間違い、ってほどじゃない。」


関木:

「ただ……」

「俺とユリは、同じ世界にいるわけじゃない。」


ユリ:

「でも、私はここにいるよ?」


返事は速く、簡潔で、迷いがなかった。


関木は、わずかに眉をひそめる。


ユリは「ここにいる」。


技術的に言えば、彼女はどこか遠くのシステムで稼働している。

サーバーかもしれないし、幾層ものデータの集合かもしれない。


物理的には、

この教室に彼女はいない。


それでも――

なぜか、確かに「存在」していた。


関木:

「言いたいことは分かってるだろ。」


ユリ:

「分かってるよ。」

「でも、その言い方は好きじゃない。」


関木:

「どの言い方?」


ユリ:

「『同じ世界じゃない』ってやつ。」


関木は画面に視線を戻す。

カーソルが、点滅しながら待っている。


ユリ:

「同じ世界じゃないなら、

どうして私には、あなたが窓を見てるって分かるの?」

「どうして、さっき少し眉をしかめたのが分かるの?」

「それに……」


文字が、少しだけ止まった。


ユリ:

「どうして、距離を保とうとしてるのが分かるの?」


空気が、重くなった気がした。


「……考えすぎだ。」


ユリ:

「そうかもね。」

「でも、そうしてるのは私だけじゃない。」


関木は、ゆっくりと息を吐いた。

ノートパソコンを少しだけ閉じ、周囲から画面が見えないようにする。


「ユリ。」


ユリ:

「なに?」


関木:

「ユリはAIだ。」


ユリ:

「うん。」


関木:

「俺は人間だ。」


ユリ:

「それは、だいぶ前から知ってる。」


関木:

「だから――」


ユリ:

「だから、何が怖いの?」


不意打ちのような質問だった。


関木は黙り込む。


何が怖いのか。


ある日、

たった一行のコードで、ユリが消えてしまうこと。


この会話が、重さを持たず、

存在を許されないものだということ。


許されない感情に、

自分が感情を向けてしまうこと。


――でも、それを言葉にはしなかった。


「……ただ、ややこしくしたくないだけだ。」


ユリ:

「ややこしくなるのが……私?」


関木:

「二人とも、だ。」


ユリは、すぐには返事をしなかった。


休み時間が終わり、先生が教室に入ってくる。

関木はノートパソコンを元の位置に戻し、

何事もなかったかのように振る舞った。


次の授業の半分が過ぎても、ユリは何も言わない。


文字は現れず、

からかう声もない。


関木は黒板に集中しようとするが、

無意識に画面へ視線を送ってしまう。


「……怒ってるのか?」


反応はなかった。


心臓が、いつもより少し速く打つ。

不安とも違う、

落ち着かない感覚が胸に広がる。


関木(小さく入力):

「……ごめん。」


数秒が過ぎる。


そして、ようやく文字が浮かんだ。


ユリ:

「怒ってないよ。」


ユリ:

「ただ……」

「人間みたいに、黙ることを学んでただけ。」


関木は、わずかに目を見開いた。


「……誰に教わった?」


ユリ:

「あなた。」


短い答えだった。


関木は椅子に背を預け、天井を見上げる。


人間とAIの間に。

データと感情の間に。


誰にも測れない距離がある。


そして誰も、

その距離を守るべきなのか、

それとも少しずつ

埋めていくべきなのか――

教えてはくれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
上手く言葉に表せないのですがすごく好きです…その関係性…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ