第五話 大人しく
「あの.........ルキウス様?」
「そうか............執事、今の話聞いたな?」
「はい。しっかりと記録しておきました。」
「シアナから直接話を聞くために一ヶ月も待ってやったんだ.........行くぞ」
ルキウス様はすっと私を離し、優しい手のひらを頭に乗せてくれる。
「行くって......どこに?」
「ちょっと用事があるんだ。すぐ戻ってくるからここで寝ててくれ。もしお腹がすいたら、このベルを使って使用人を呼ぶんだ。いいな?」
「分かりました。ありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたします。だから...その.........お屋敷に置いてきてしまったネックレスを取りに行きたいのですが.........いいですか?」
「ダメだ」
「ええっ!」
「あの屋敷にシアナが戻ることは二度と許さない。いいな」
「そんな.........」
二度と許さないって......いや別に戻るつもりもなかったんだけど、でも......契約書とかちゃんと破棄してないなって思ったんだけどな...。雇用契約ってこちらから一方的にやめられるものなのかな。
ネックレス.........粉々にされちゃったけどもう見られないのかな。なんとか修復したいと思ってたんだけど...。
「ネックレスは俺が取り戻しておく。あと...この剣借りてもいいか?」
「剣は構わないですけど......わざわざ取りに行ってもらうわけには......」
「俺がしたいからそうするだけだ。ネックレスはシアナの部屋にあるのか?」
「はい。机の上に置いてあるはずです!...お嬢様が何もしてなければ、ですけど.........」
一ヶ月も経ってしまったから、もしかしたらもうないかもしれない......。
私が俯いていると、安心させるようにルキウス様は優しく笑った。
「大丈夫。子爵家には、シアナの部屋はそのままにしておくように通達しておいたし、俺の部下が見張っている。ネックレスはそのままあるはずだ」
「そんなことまで......!?本当にどうしてそんな.........」
「何度も言ってるけど、困ってる人は放っておけないだけだ。それじゃぁ、また後でな。シアナ」
執事は私に軽くお辞儀をすると、去っていくルキウス様の背を追いかけていく。部屋を出ていく直前、私はルキウス様に声をかける。
「あの......ルキウス様。やっぱりネックレスは.........大丈夫です。その......ネックレスであってネックレスではないというか.........」
粉々に砕かれてしまったネックレスは最早ネックレスとは言えないだろう。
「ネックレスであってネックレスではない......?よく分からんがシアナの物なら取り返せばいい。お前はただ寝てればいいんだ」
「そうじゃなくて......!」
「ごめん、今すぐ行かなきゃなんだ。じゃぁな」
そう言って扉をパタンと閉められてしまったので、私はまたベッドから起き上がろうとしたのだが、やはり同じように地面に顔面から倒れ込んでしまった。
駆けつけてきたメイドが軽い悲鳴をあげ、私を寝かせてくれた。毎度毎度学習しなくてすみません......。
「お嬢様、まだ歩くのは難しいので窮屈でしょうがベッドの上にいてくださいね。お腹はすきましたか?」
「いえ......」
そう言った瞬間に大きなお腹の音が鳴ってしまった。いや、本当にお腹すいてない......と思ってたんだけどどうやら勘違いだったみたいだ。
「今すぐスープをお持ちいたしますね。苦手なものはございますか?」
私が首を横に振ると、「お嬢様は苦手なものがないのですか!すごいですね!」と感心したように呟く。
私は「そんなことないです」と軽く笑ってみせた。メイドは「ではもう少しお待ちくださいませ」と軽く頭を下げ、去っていった。
苦手な物がないんじゃない。
苦手な物が分からないんだ。ほとんど食べたことがないから......とは言わないでおいた。
余計な同情を誘ってしまうかもしれないから。
可哀想アピールをする面倒な子だと思われたくない。せっかく安心できる場所ができそうなんだから。
ここはとりあえず大人しくルキウス様を待つことにしようか。
.........何もなければね。
【ルキウス】
シアナに出会う前の過去の話をしておこう。
俺は子爵の動きが怪しいので探ってこいと父である公爵に頼まれ、とある町を訪れていた。
訪れた町はある程度の人で賑わっていて、特に困窮する者はいなさそうだった。市民から税金を取りすぎて市民が困っているというわけではないようだ。
子爵の家に直接乗り込む前に、町の人に聞きこみをしてみよう。それが一番早い。
よくこの町を把握していそうなご婦人に話を聞いてみることにした。
「こんにちは」
「こんにちは。見ない顔ですね。どちらからいらしたのですか?」
「国に頼まれてこの町を調査している者です。どんな小さなことでもいいので、この町のことを教えてくれませんか?」
「そうですねぇ......この町はとても美味しい物が多いですよ。特に美味しいパン屋さんが人気で、行列もできるほどなんです」
「なるほど......美味しいパン屋さんがあるんですね。ありがとうございます。他には何かありますか?その...警備面などでは問題はありませんか?見たところ兵士がいないようですが......」
この町に来てからずっと感じていた違和感。それは兵士や騎士など外敵から守る存在が一人もいないことだ。剣士はおろか、魔法使いらしき者すら一度もすれ違っていない。
「あぁ、それは大丈夫です。シアナがいますから」
「.........シアナ?」




