第四話 優しさ
「目の前で倒れてる人がいたら普通助けるだろ。それにシアナはとんでもなく強いからな。あんなところで死ぬなんて勿体なさすぎる」
「だよな」とルキウス様が執事に共感を求めると、黙って頷いていた。
「あの......一つ聞いてもいいですか?」
目の前で倒れてる人がいたら私でも助けると思う。今までそうやって生きてきたのだから。
そもそも目の前で倒れている人を無視なんてしようものなら、後に私がどんな目に遭うかも分からない。
「ルキウス様は、私が他の人より少しだけ強いから助けてくれたのですか?お金じゃなくて、私の強さを求めたのですか?」
ルキウス様の目的が私の強さだったとしたら、納得ができる。お金はいらない、この屋敷を守って欲しい......とか、護衛になって欲しいみたいな...そんな願いが隠されているのかもしれない。
ルキウス様は再び深いため息をついた。
それはそれは長く深いため息だった。
執事を見つめると「なんて説明すればいいと思う?」と泣きそうな声で呟き、「ご自分で考えてください」と突き放されていた。
「あのな.........いやごめん。これは多分俺の言い方が悪かったんだな。本当にシアナには何も求めてないし、早く回復してくれればそれでいいんだ。あの時助けたのはただ目の前で倒れてる女の子がいたから手を貸したいと思っただけ。シアナだってそうするだろ?」
「で、でもそれは私が雇われているからであって、見返りを求めずにしたわけではありません。本当は......本当はルキウス様のように誰に対しても優しくいなければいけないんですけど、守ると優しさの両立はとても難しくて.........」
「守ると優しさの両立?なんだそれ」
私がきょろきょろと近くを見渡すと、私の小さな鞄が置いてあった。執事が気づいて私に手渡してくれる。鞄を開けると私の両親の残した日記が入っていた。
「この日記に.........えっと、私の両親は事故で亡くなったんですけど......私にどう生きてほしいかを残していてくれたんです」
「ご両親の残した......日記に?」
「はい」
私は日記をペラペラとめくり、私に対しての文言が書かれたページを開く。そのままルキウス様に手渡した。
「『私たちの可愛いシアナ。どうか人々に優しく、そして人々を守る存在でありますように。』......これが今のシアナを作ったんだな」
ルキウス様は真剣にその短い文章を見つめていた。
「はい。優しく......はなかったかもしれませんけど、守る存在ではいられたと思います。私.........頑張ったんです。一人で.........あ、いえすみません。なんでもないんです」
今までのことが突然脳裏を駆け巡って、私の瞳からなにかが溢れ出した。大粒の涙が布団へ落ち、慌てて目を擦って拭う。
「あれ.........なんでだろ.........すみません。この日記も、今の話も.........その、誰にもしたことなくて.........。私誰にもすごいねって言ってもらえたことがなくて.........」
一人で町を守ってたの、すごいね。
魔物を倒せるなんてすごいね。
助けてくれてありがとう。
シアナがいたから助かったよ。
そんな言葉、この町に来てから一度も聞いていない気がする。私が助けるのは当たり前、私が魔物を倒すのは当たり前、倒せなければ当たり前のことすらできない愚民......。
考えてみれば、私はもうずっと前から壊れていたのかもしれない。
涙がどうしようもなく溢れて止まらなくて、水分が全部なくなるんじゃないかと不安になってきた。
「あー.........今から俺がすること、本当に変な意味はないから通報しないでくれるって約束してくれるか?」
「え.........?はい、通報しないです......というか助けていただいた方を通報.........なんて」
私は何故かルキウス様に強く抱きしめられていた。私とそう年齢の変わらないであろう青年から、優しい温もりが伝わってくる。その温かさがまた私の涙を誘発する。
「すごいよ。本当にシアナはすごい。あんな町、俺だったらとっくに見捨ててる。でもシアナは見捨てなかった。シアナが守り抜いたんだ。......シアナがいてくれたから、あの町の人々は生きていられたんだ。」
「でも.........でも皆当たり前だって言うんです。私は戦うことしか取り柄がないから.........当たり前のことができただけで偉そうにするなって.........」
「そんなことない!シアナは本当にすごいんだ。そもそも普通は魔法剣士がいたとしても、たった一人で町を守れるほど甘くない。絶対に犠牲が出る。」
「犠牲.........犠牲を一度だけ出してしまったんです。私......一度だけ子どもをなだめていた時に.........それでその、亡くなった男性の婚約者の方に殴られて、蹴られて.........すごく痛くて.........魔物に斬られた傷よりもずっと............」
「殴られて...............蹴られた?」
「あと鞭で打たれました.........でもあれは私が未熟だったから、もっと早く子どもをなだめられていたら守りきれたかもしれないのに......」
私を抱きしめるその腕がなぜか急に強くなった気がした。ルキウス様の表情は私の位置からは見えないが、背筋の凍るような怒りが感じとれた。




