第十八話 使える魔法
聞き間違いだろうか。彼は公爵家の長男で、時期公爵になる人だ。冒険とか、旅とかとは一番無縁の人。無縁でなければいけない人だ。
「いやっ……ダメです!だってルキウス様は時期公爵で……!」
「いーや!レオンがいるから大丈夫。もし俺が戻らなければレオンが次の公爵になってくれる。アイツも後継者教育を受けてるから問題ない!」
「え……?そういう問題じゃ……」
「なにがなんでも着いてくからな。もう話はつけてきてある。」
「絶対そんな時間なかったですよね!?」
ルキウス様が「バレたか。でも大丈夫、ちゃんと伝えてはいるから」と笑った。
あれほど酷く波打っていた雨の音が、さっきより小さくなっている気がする。
どうしてそこまで?
出会ってからずっと私のためにどうしてそこまでしてくれるのかが疑問だった。
「あの…………本当にどうして私のためにこんな……」
「シアナが誰かのために自分を犠牲にしてでも頑張るからな。危なっかしくて見てられないだろ。だから着いてく。」
「私は一人でも大丈」
「着いてくのが嫌ならもう一度屋敷で暮らしてもらうけど……どうする?」
「それは……その…………」
お屋敷でもう一度お嬢様扱いで暮らすか、ルキウス様と旅に出て魔物と戦うか……私のしたいことに近いのはどう考えても後者だ。
「えっと…………これからもよろしくお願いします……」
「よし!よろしくな、シアナ!……あ、とりあえず雨宿りできる場所探そうぜ。このままじゃ風邪引くしな」
「そうですね」
私とルキウス様は近くの雨宿りができそうな小さな洞窟に入ると、滴り落ちる雨の雫を眺めながら腰を下ろした。
私が寒さに震えると、ルキウス様が呪文を唱える。すると小さな炎がルキウス様の手のひらの上に宿った。
「言い忘れたけど、俺の魔法は光と炎だ。シアナは……」
「えっと私は水魔法が得意です!」
「そうか。基本的に魔法は一人一つって言うけどシアナは一つじゃないんだよな?」
「え?……あー…………はい。一つ……じゃないです。でも一つだけ使えない魔法があって……」
「使える魔法が一つじゃなくて使えない魔法が一つなのか。シアナらしいな」
「すみません、自慢みたいになってしまって……」
「そんなことないし、十分自慢だろ。すごいよ、シアナは。」
ルキウス様が指を軽く動かすと炎は私の周りを踊るようにくるくると回り出す。そしてパァっと弾け飛んだかと思うと、私の服と髪が綺麗に乾いていた。
「すごい……ありがとうございます!」
「あの……さ」
「はい?」
ルキウス様は少し言いにくそうにどこかを見ながら呟いた。
「敬語.........使わなくていいよ」
「え!?」
「普通に話してほしい。別に様とかもいらないしな」
「いや、そういうわけには.........」
「これから俺とシアナはただの冒険者なんだし。いいだろ?」
高貴な身分の人は、もっと身分に拘るものだと思っていた。何より、お嬢様がそうだったから。
卑しい身分の者に名前を呼ばれることすら嫌がり、時に視界に入ることだけで煙たがられることもある。
でもルキウス様は違った。彼の家族も私がいることを嫌がるような人たちではなかった。
敬語を使わなくていい。名前を普通に呼んでもいい。
なんだか友達だということを認めてもらえたような気がした。
「……分かった。これからよろしくね、ルキウス!」
「あぁ。よろしく、シアナ!」
私とルキウスさ……ルキウスは、握手を交わした。仲間か。ずっと一人で戦ってきた私に、背中を預けられる仲間ができるなんて。
ルキウスなら信頼できる。……まだちょっと呼び方には慣れないけど、頑張って慣れよう。
そう思った瞬間、盛大にくしゃみをしてしまった。服と髪は乾いたが、冷えたことがよくなかったらしい。
ルキウスは手のひらに再び炎を灯すと、こちらに近づけてくれる。
「シアナの使えない魔法って……もしかして炎なのか?」
「はい……実はそうなんで……そうなの」
一人で町を守るため、私は全ての属性を手に入れ、敵に応じて魔法を使う必要があったのだ。何度も試行錯誤することで、それぞれに熟練度の差はあれど、あらゆる属性を手に入れることができた。
……そう、炎を除いて。
炎は生活にも使えて、とても便利なものだから習得したかったのに、私にはできなかった。それは回復魔法も同じだ。
私が習得できたのは炎を除く攻撃魔法のみ。
日常魔法と呼ばれている、料理をする魔法、掃除をする魔法などが存在するが、そういったことは一切できなかった。
「だから余計に戦うしか脳がない女だってお嬢様に思われてたのかも」
「つくづく最低な女だなアイツ」
ルキウスの炎が揺らぐ。彼の炎はどうやら感情に応じて大きく揺らいでしまうらしい。
「なぁシアナ、今日は屋敷に戻って休んで明日出発し直すとか……」
「ううん、悪いけど戻るならルキウスだけで戻って。私はここで一晩寝てから近くの町か村を目指すよ」
私にはやるべきことがある。そう公爵様に言われたのに、今更のこのこと引き返す訳にはいかない。




