第十三話 挨拶
「あの女一人屋敷に置いておけば町全体を勝手に守ってくれる。衛兵を雇うよりずっと安く済むんだ。邪魔かもしれんがしばらく置いておこう」
「あんな子いつまでもいたら目障りだわ!」
「落ち着いてグレイシア。あなたの玩具にすればいいじゃない。決してあなたに反抗することのないように...躾をしてあげればいいわ」
「そうね。あの女はただの奴隷......自分の立場ってものを分からせてやるわ」
三年以上いたあの屋敷で私は奴隷扱い。一ヶ月程度しかいないこのお屋敷では大切なお客様か...。あの家がどれだけ異常だったのかをつくづく思い知らされる。
「お嬢様?」
その一言で私は現実へと引き戻される。心配そうに覗き込むメイドに、私は微笑み返す。
「あっ、すみません、なんでもないで......なんでもないよ!」
「そうですか?無理はなさらないでくださいね。」
敬語を使わなくていいと言われているが、公爵家の使用人などどう考えても超優秀な方の集まりだ。
私が敬語を使わなくても本当にいいのだろうかと疑問に思うが......それでまた使用人たちが怒られては大変なので、従っておこう。
「ところでお嬢様......その、先ほど聞きそびれてしまったのですが……こちらへは、どういったご経緯でいらっしゃったのですか?」
「あーえっと.........私が倒れてたところを......ルキウス様が見つけてくださって.........」
「そうだったんですね、だから公子様はお嬢様を......。あの、失礼ですがお嬢様は過労で倒れられたとお聞きしたのですがそんなに過酷な労働をされていたのですか......?」
純粋な心配から私にそう問いかけてくれているのが分かる。正直に話していいものなのだろうか。
ルキウス様の時のようにみっともなく涙を流すのは恥ずかしいし、悲しい思いをさせたくもない。
少し考え、私はこう答えた。
「えっと......ちょっと魔物と戦いすぎちゃったんで...だよね。」
「そうですか......ちょっと戦いすぎちゃって一ヶ月もお眠りになられたんですか......?」
「......そう......」
「お嬢様が戦ってる姿、見させていただきました。あんなに強いお嬢様が過労で倒れられるなんて......よっぽど強い魔物だったんですね!」
なんか納得してくれたみたいでよかった。すっごい強い魔物と戦ってたことにしよう。
「そうそう、すごく強かったんだよね」
「お嬢様はやっぱりすごいですね。でも無理はしてはいけませんよ。また一ヶ月お眠りになられたら嫌ですからね!」
「分かってるよ。心配してくれてありがとう」
優しいな、この屋敷の人は......。
心配してもらえるってすごく嬉しい。もちろん心配をかけたい訳じゃないんだけどね。
もうほとんど歩けるようになったし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
ルキウス様はずっと私のそばにいてくれるとか言ってたけどあれはきっとその場のノリというやつだ。甘えていてはいけない。
「もう随分回復したし、これ以上お世話になるわけには.........」
「あっお待ちください!その部屋は...!」
「え?」
何かがすごい勢いで部屋になだれ込んでくる予感がした。そしてその予感は的中した。
ノックと同時に扉を開いた誰かが部屋に入り込み、私に飛びついてきたのだった。
「わぁっ」
その勢いで私は後ろにひっくり返り、ベッドへと押し倒されてしまう。メイドは驚いたようにその人物を見つめた。
美しいドレスに透き通った髪のその方は、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「あなたが噂のシアナちゃんね!」
「えっ、あ、あの......」
「奥様、そのように飛びつかれてはお嬢様が驚かれてしまいます!」
「あら、私ったらうっかりしてたわ」
奥様と呼ばれたその人は私の頬に軽くキスをするので、「ひゃっ」と思わず声が出た。
「ごめんなさいね、シアナちゃん」とウィンクしてみせる。私は開いた口が塞がらなかった。
「私、ルキウスの母親のメリッサ・シルフォードよ!」
.........え?ルキウス様のお母様?
私一ヶ月もこのお屋敷にいさせてもらってるのに部屋から出して貰えなくて全然挨拶できてなかった!
私は慌てて起き上がると深く頭を下げる。
「シアナと申します!ルキウス様には本当にお世話になっていて......あの、ご挨拶に伺えずにすみません.........」
「いいのよシアナちゃん、ルキウスから話は聞いているわ。......大変だったみたいね」
私の頭にポンと手を乗せ、優しく微笑んでくれる。親子なのだろうか、その表情も仕草も、ルキウス様とよく似ていた。
「......はい。色々ありました......で、でもいつまでもこのお屋敷にいるわけではありませんので、その......も、もう出ていきますのでどうかルキウス様を叱らないであげてください......」
公爵家の長男ともあろう者がどこの馬の骨かも分からぬ娘を連れてきたとなれば公爵家が大ダメージを受けてしまうかもしれない。




