第十一話 契約書
腰を抜かしたお嬢様は私をぽかんと見上げている。
「いつ見ても清々しいほどの美しい剣術と魔法ですね」
「あぁ。シアナはホントにすごいよな」
ルキウス様が残りの魔物を蹴散らしながら、執事とそんな話をしていた。
絡まったドレスの裾をゆっくり外してあげると、お嬢様は私を突き飛ばしてルキウス様の方へ走っていく。
「ルキウス様!私、怖かったですわ!」
抱きつこうとしたお嬢様をルキウス様はひらりと躱し、お嬢様はドレスの裾を踏んで転ぶ。あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。
「そのまま怖がってたらよかったのにな」
「ルキウス様、うっかり本音が出ておりますよ」
「あっ、つい……」
それでもお嬢様はルキウス様に強く言い返すことはできない。お嬢様は子爵令嬢で、ルキウス様は公爵様の息子だから。ルキウス様に媚びを売って、あわよくば公爵夫人になろうと考えているのだろう。
お嬢様の考えそうなことだ。
「シアナ!私に勝ったつもりでしょうけどね、あんたにはこれがあるのよ!」
お嬢様は一人でなんとか立ち上がると、クシャクシャに折れ曲がった紙を取り出した。そして堂々と私に見せつける。
「これは……!」
「……なるほど、道理でどれだけ探してもないわけだな」
私がこの屋敷に初めて来た日、特に規約も読ませてもらえずに書かされた雇用契約書だ。
よく見ると死ぬまでパン一つの給料で働くことを義務付けられていた。最後には私の書いた「シアナ」の文字。
両親に唯一教わっていた文字の読み書きがこんなところに生かされてしまうなんて私はつくづく不運すぎる。
「この契約書があれば、あんたは私に逆らえない。この町で一生働き続ければいいのよ!」
「こんな契約書は無効だ!今すぐ破……」
直後、金属音が響いた。迷いのない剣筋で契約書は真っ二つに切り裂かれる。私は大剣を背負い直し、破れた契約書を手に取る。
私の書いた「シアナ」の文字……よく見ると震えている。どんな気持ちで書いたのかあまり覚えていないが、いい気分ではなかったことは確かだ。
「お嬢様」
私は驚いて言葉が出ないお嬢様の目を見つめる。
「今日で契約は破棄します。今までありがとうございました。もう私がこの町を守ることも、お嬢様を守ることもありません」
「けっ……契約書を破いたところで無駄よ!ちゃんと繋げればまだ……」
ルキウス様が指をパチンと鳴らすと、私の持つ契約書の破片が一気に燃え上がる。私は驚いて手を離したが、よく考えたら熱くなかった気がする。
「ルキウス様の魔法がシアナ様を燃やすことはありません。ご安心ください」
「なんなの……?なんなのよ!こんな簡単に契約が無効になるわけな」
「いや無効だ。そもそもこんな一方的な契約はおかしい。ほとんど奴隷契約だ。俺が訴えを起こさずとも無効になるだろう」
「はぁ……?る、ルキウス様なんとかなりませんか?私、シアナが必要なんです!」
お嬢様がみっともなくルキウス様に縋る。するとルキウス様はお嬢様を雑に払い除け、お嬢様が地面に倒れ込む。
「グレイシア・ルゼル嬢。シアナへの暴行容疑、そして家族の犯罪幇助の疑いでお前を連行する。」
「えっ!?で、ですから私はそんなこと...!」
「執事、今度こそソイツを引き渡せ」
「はい。お任せ下さい」
「え?い、いや離して!」
執事はお嬢様の腕を掴むと、強引に立ち上がらせ、町の方へと向かっていく。必死に逃げようとするお嬢様と目が合った。
「シアナ!助けなさいよ!!あんたにしてやった恩を忘れたの!?」
確かに私はお嬢様が...いやお嬢様の家族がいなければ屋根のある部屋で生活をすることはできなかった。酷い扱いだったとはいえ、一応私に居場所を与えてくれた......。
「あんたはまた一人になるのよ!たった一人で飢え死にすればいいわ!」
また一人に?
そっか、きっとルキウス様はお嬢様たち...いや子爵家の人たちを捕まえに来ただけなんだよね。
この件が片付いたら私はまた一人...。
せめて怪我が治るまでいさせてもらえないかな...なんて贅沢言えないよね。
落ち込んでいると、ルキウス様がお嬢様を睨みつけた。
「一人じゃない」
「え?」
「シアナには、俺がいる」
「ルキウス様......」
そうか。一人じゃないんだ、私。
ルキウス様がいる限り、私は一人じゃない。
今までずっと一人で戦ってきたくせに、一人じゃないことがこんなに嬉しいなんて。
「私もおりますよ、シアナ様!」
執事がお嬢様を捕まえていない方の手でめいっぱい手を振ってくれた。それがとても嬉しくて、私も思わず振り返した。
「ありがとうございます、ルキウス様、執事さん」
私は笑顔でお嬢様を見据えた。
「お嬢様!私、一人じゃないみたいです!お嬢様の望み通りじゃなくて残念でしたね!」
今までありがとうお嬢様。そして、さようなら。
もう二度と会うこともないよね。
「くっ.........!」
お嬢様は悔しそうな顔で辺りに響き渡る大声を出した。
「覚えてなさいよシアナーーー!!!」
私は最後まで嫌われているようだった。




