第十話 決別
もしかしたら落とした剣が壊れていたのだろうか。それともどこか怪我をしたのだろうか。
私は分からずに首を傾げてしまう。
「あぁ……ごめん。シアナ、助けてくれてありがとう。よく考えたら魔法使えばよかったんだよな。シアナが出てくるまでもなかったのに……本当にごめん」
「なぜルキウス様が謝られるのです?この女は戦いしか脳がないのですから戦わせておけばよいのですわ」
お嬢様が私を睨みつける。その視線に少しだけ過去の自分が萎縮していた。
大丈夫。今の私には屋敷の人も、ルキウス様もいる。こんなところで負けていられない。
「貴様いい加減にしろよ!そもそもお前のせいでこんな目にあったんだからな!?自分が何をしたのかもう忘れたのか!?」
「もう一体魔物が現れて驚いたんです!そんなに怒らなくてもいいでしょう!?」
「お嬢様」
お嬢様が私を見る。冷たい眼差しだ。屋敷の人や、ルキウス様、執事が私を見る目とはまるで違う。
地面に転がっている石の方がまだ優しい視線を向けられているのかもしれない。
「ルキウス様にご迷惑をおかけしたなら謝ってください。」
「どうして私が?私は子爵令嬢なのよ?守られて当然の存在じゃない」
自信満々にお嬢様は笑みを浮かべた。
「むしろ私の役に立てたことに感謝するといいわ」
ため息をつく。深い深いため息を私は吐いた。この人にはきっと何を言っても無駄なのだろう。
「ルキウス様に比べて、あの子は役立たずですわ。パン屋のご主人が怪我をされた事件……一か月前に魔物に噛みつかれた跡がまだ残っているものもいますのよ!」
「違う」
ルキウス様が冷たい視線を向けた。私を助けてくれた時のような優しい表情ではない。凍てつく氷のような鋭い眼差しだ。
「シアナが昼夜問わず戦ってくれたから怪我で済んだんだ。本来ならソイツは殺されていたはずだ」
「ですが……!」
「いい加減にしろ。今お前は誰に救われた?答えろ。今お前を救ったのは誰だ」
「そ、それは……雇用契約があるので当然のことです」
「答えになってな……!シアナ!後ろ!」
私がその声に振り返ると、公爵邸で倒したあの厄介な魔物がそこにいた。お嬢様は再び「きゃぁ!!なんなの!?なんでまだいるのよ!!」と大声を出す。
この声かもしれない。大声や、叫ぶ時の高い声が他の魔物をおびき寄せてしまうことがある。
私が咄嗟に蹴り上げるが、当然物理を防御されてしまうので少しも攻撃が届かない。一旦飛び上がって後ろに引くと、ルキウス様が声を上げる。
「シアナ、とりあえず町の外に追い出すぞ!」
ルキウス様も大声が町に魔物を呼んでいることに気づいたようだ。
「町の外に出たらさっきより大きい声を出しましょう。そうすれば町よりこっちに魔物が流れるはずです!」
「そうだな。よし行こう!」
「なんなのよぉ!」
私とルキウス様は魔物が私たちを見失わない距離を保ちながら、少しずつ町の外へと誘導していく。私たちの予想通り、道中には大声につられた魔物たちがいた。
執事とお嬢様もターゲットにされてしまっているため、後ろから必死に走って着いてきている。
魔物をまとめて町の外へ誘導し、ある程度走ったところでお嬢様が悲鳴をあげる。
「ドレスが!取れない……なんなの!ちょっと!」
よく見ると、お嬢様のドレスが木の枝にしっかりと絡みついている。執事はさっとルキウス様の方へ走り、お嬢様一人がそこに取り残される。
背後から駆け寄るのはおびき寄せた魔物たち。見放されたと気づいたお嬢様の顔色がどんどん悪くなっていく。
「ちょっ……!助けなさいよ!シアナ!!あんた恩を忘れたの!?シアナ!!」
まだ魔物が追いつくには距離がある。私はお嬢様に近寄った。絡まったドレスに手を伸ばしたところでピタリと止めた。
「はっ?」
「助けてほしいなら謝って」
「はぁ!?こんな時に冗談やめなさいよ!誰があんたなんかに!!」
「それなら私はもう助けない」
私はくるりと背を向け、歩き始める。そしてルキウス様と執事と共にお嬢様から遠ざかっていく。数体の魔物がお嬢様の元へ近づいていく。毛むくじゃらの腕がお嬢様の腕を掴んだ。もう一体が腕を振り下ろした。
咄嗟に顔を背けたお嬢様の綺麗な髪の毛を切り裂いた。美しい髪が宙へ舞った。
私は振り返る。そんなに言いたくないのかな。
たった一言でいいのに……。今まで私にしてきたことを謝ってほしい。それだけなのに。
そんなに難しいことなのかな。
「しっ……シアナ!分かった!なんでもあげる!だから助けて!」
「いらない。」
「……っ……ぅ……分かったわよ!私が悪かったわ!」
私は飛び上がった。剣を振り上げ、お嬢様の腕を掴んだ物理ガードのない魔物を見据える。まるで電撃のように剣を素早く走らせ、魔物を倒す。
そして物理ガードの魔物には水魔法でふわりと包み込み、膜を破られた瞬間に剣を振り下ろした。先ほどしたことと同じだが、これが一番効率がいい。




