第九話 感謝
再び偉い人が私に深く頭を下げた。周りの騎士も同様に頭を下げ、感謝を述べた。
ここまで感謝の気持ちを感じたことはない。私は分かりやすく慌ててしまう。
「えっと……お二人がご無事で良かったです。あっ、そうだ。剣お返しします。強引にお借りしてしまってすみませんでした」
剣を受け取った見習い騎士と、その隣にいたメイドはふぅと息を深く吐いた。
そしてすごい勢いで私に「本当にありがとうございました!」と声をかけてきた。
「お嬢様!!あんなに手際のいい剣術を僕は今まで見た事がありません!どうか僕を弟子にしてください!」
「弟子っ!?私はそんな大層なものじゃないですよ!」
「お嬢様は命の恩人です!ぜひ仕えさせてください!」
「い、いや私は今ご厚意でここにいさせてもらってるだけなので、ずっといるわけでは……!」
「そうなのですか……?ではせめてお嬢様がこのお屋敷にいる間だけでも……!」
認められたい。頑張ったねって褒めてもらいたい。ありがとうって感謝されたい。
どんな化け物を倒しても満たされなかった私の心に突如として感謝と尊敬が流れ込んでくる。過剰すぎる供給に私は最早パニックになっていた。
この人たちはあの町の人とは違う。私の実力を見てくれて、感謝してくれるんだ。
誰かに感謝されるって……こんなに嬉しいことなんだ。あのネックレスを初めて貰った時のような気持ちが私を包み込んでいた。
私が恩を返したいのはこの人たちだけではない。あの時私を助けてくれたルキウス様にこそ報いなければ。
「あの……ここから町までどれくらいかかりますか?」
「そうですね……馬車を使って一時間くらいでしょうか?」
「分かりました。ありがとうございます。」
「えっとお嬢様、何を……?」
風魔法を使い、私はふわりと宙に浮かびあがる。周りの人々は再び呆気にとられていた。あまり風魔法が得意なわけではないのだが、一時間のんびりと町へ向かう暇はない。
「お嬢様!公子様から寝ているようにとのご指示が出ております!そのような魔法はいけません!」
私の部屋にいたメイドが1階まで駆け下りて飛び出し、私に向かって叫んだ。
「なら代わりに風魔法を使える方をお願いできますか?運んでいただけると助かります!」
辺りが一瞬にして静まり返る。どうやら、この中に風魔法を使える者はいないようだった。
「そういう問題ではございません、お嬢様!まだお身体が万全ではないのですよ!」
風魔法を使える者がいない。私としてはそれさえ聞ければ十分だった。私はそのまま町へと一直線に飛んでいく。メイドと騎士の私を引き留める声が響き渡った。
だが風魔法を使えないのならば、私に追いつける者はいない。追いつけても馬車を使うとなると、その倍以上時間がかかってしまう。
つまり、私は魔力が尽きない限りは確実に町へたどり着けるということだ。
自分でもなぜここまでして町へ向かいたがるのかは分からない。なんとなく心配だったのと、自分のネックレスの行方を確かめたかったから……かもしれない。
すぐに町が見えてきた。無理やり魔法で動かしている足に時々痛みが走ったが、それを無視して屋敷にいるであろうルキウス様の元へ向かった。
道中に出会った弱い魔物を魔法で蹴散らし、私はやけに目立つ大きな屋敷へと向かった。
そこには、体勢を崩したルキウス様と怯えたようなお嬢様、そして執事の姿があった。
大きな魔物が二体いるが、問題はない。私は咄嗟にルキウス様が背負っていた私の大剣を引き抜き、片方の魔物に斬りかかった。
不意打ちで片方の魔物は簡単に切り裂くことができた。断末魔の叫びを残し、魔物は灰のようなものとなって空気中へ溶けていく。
もう片方の魔物は氷魔法で素早く凍らせた後に剣で打ち砕いた。こちらの魔物も弱い。簡単に倒すことができた。
「し、シアナ……」
「シアナ!どうしてここに……」
こんな簡単な魔物をルキウス様が倒せないのはおかしい。よく見るとお嬢様の服にルキウス様の袖が引っかかっている。
慌てて引っ張ったせいで余計にこんがらがってしまったようだ。執事がそれを丁寧に外している間に、私は遠くに転がっているルキウス様の剣を手に取り、「落ちてましたよ」と差し出した。
「いや落ちてましたよっていうか……まぁ合ってるんだけどな……」
「シアナ!あんた何しに戻ってきたのよ!あんたなんかいなくたってもう平気よ!これからはルキウス様が私を守ってくれるんだから!」
「おい貴様……!」
「心配なさらずともお嬢様に会いに来たわけではありませんよ」
私はお嬢様とは一切目を合わさずにそう返答する。あれほど酷く扱われたはずなのに、不思議とお嬢様のことが怖くなかった。
「お嬢様、お嬢様を保護する身でありながらこのようなことを申し上げるのは変かもしれませんが……ありがとうございます。おかげで助かりました。」
執事が「恥ずかしながら戦える人間が……いえシアナ様ほど強いお方が他にいないのです」と深くお辞儀をしてきた。
「いや、そんな……助けていただいたお礼ですので気になさらないでください」
「ルキウス様、シアナ様が助けに来てくださいましたよ。それなのになぜそんなお顔をされるのです?」
執事のその言葉で私は助けたはずのルキウス様の表情が曇っていることに気づく。




