魔女と生きる猫
「ご主人様、今日も可愛いにゃ」
「そう? ありがとうニーニャ。 ニーニャも可愛いよ」
「ニャ〜」
そう言った後、猫は魔女の膝の上にヒョンと座り、すりすりと頭を太股に擦りつけた。魔女は片手でニーニャを撫でながら化粧台の前でいつものようにぽんぽんと顔に化粧をしていく。二百年生きた魔女は見目麗しく、齢を感じさせないその姿は、20代前半にも見える。
「今日は何のお仕事ニャ?」
「ん~、大きい魔物が街外れに出たみたいなんだって。それで今、騎士団で応ってるんだけど、現状はよくないんだって。 それを倒すのに領主のゴルニア様が私にも手伝って欲しいと通達があったの」
「そんニャの他っておけばいいニャ。それにいつも人間は勝手なんニャ。都合のいい時だけ御主人様を頼るなんて。ニーニャはご主人様ともっと一緒にいたいニャ」
「ふふ。昔はあんなにお転婆だったのに、今では私にすっかりデレデレだよねニーニャは。これがホントの猫被りってやつよね。でも他っておいたら街の人達も困っちゃうから。 私も行ってくるね」
「ニャオ〜」
不満そうな顔で膝の上で丸まるニーニャを魔女は優しく抱き抱え、いつもの布団の上に優しく乗せた。
いつも御主人はそうニャ。何かあると人間を助ける。優し過ぎるんだニャ。
斯く言う吾輩も御主人様に助けられた猫のうちの一匹だが。
100年前の事ニャ。オーガに襲われて吾輩は瀕死になった時があった。
流石にオーガ相手にはもうダメかと思った時、御主人様のリニア様に助けてもらったんだニャ。
始めは人間が信用できなくて攻撃的になっていた時期もあったけど、どうやら御主人様は人間でも魔女と言われる存在で、特別な力があるということが分かったニァ。
弱った吾輩を元気になるまで看病してくれている間に、いつの間にか攻撃する気も失せてしまっていた。
それからというものの御主人様のリニア様とはずっと一緒に暮らしているニャ。
大切な魔力を貰い、人語も話せるようになり、住む家も与えてくれて、いつも優しく接してくれる御主人様は何処か国で遊んで暮らす無能な聖女とは違い、本当の聖女のようニャ。
この恩は一生かけても返せないくらい吾輩は御主人様に感謝しているんだニャ。
だから御主人様の言うことに多少の不満があろうが黙って言うことを聞いているニャ。
「じゃあ行ってくるねニーニャ。一週間は戻るのにかからないと思うから、ちゃんとお留守番してるんだよ」
「ニャ〜」
そうリニアはニーニャに言い残し、笑顔で手を振りいつものように家を出ていった。
「寂しいニャ〜。 御主人様の温もりが足りないニャ〜」
布団の中に入り、ニーニャは不満を垂れた。布団の中は御主人の香りがする。
リニア様の優しい香り。この香りが吾輩を駄目にする。いけない香りニャ〜
「そうだ。 帰ってきた時に御主人様を驚かせてニャろう」
ニーニャはせっせと散らかった掃除を始めた。
御主人様は料理は得意だが、片付けがいまいち苦手だ。散らかった部屋は吾輩には居心地がいいが、どうも人間にはそうでもないらしい。
ちょっとずつ綺麗にして、と。
「ニャ〜。片付いた。」
丸一日かけて魔法で掃除した部屋はピカピカに輝いて見えた。落ちていたペンや魔導書は元の位置に戻し、食器は洗って棚に戻しておいた。床も掃除して塵1つない。窓もそうだ。
「これで御主人様に喜んでもらえるニャ〜」
想像すると嬉しくなり、ニーニャは次の掃除に取り掛かる。
「次は外ニャ〜。 雑草を抜いて、御主人様が好きな花を植えるニャ。 また忙しくなるニャ」
御主人様を待つ間、喜んで貰うためにニーニャは色々な事に取り組む事にした。
ここ王都から離れた場所にひっそりと200年以上暮らす魔女がいた。その名前はリニアと言い特別な魔法を使い、人知れずこの領地を密かに守っていた。
だが異変が起きた。
あれから一週間が過ぎても御主人が帰ってこない。あのオーガすら一瞬で倒すリニア様がここら辺で出る魔物に負ける筈がニャい。
それに、ここらで出る強い魔物といったらグリフォンかケルベロスくらい。 オーガが出た事もあるがあれは100年も前の事。
絶対におかしいニャ。
そう不信に思っていた時だった。家の前に気配を感じた。
「御主人様っ!!」
ニーニャは扉の前に急いで向かい、扉を開けようとしたのだが、そこで異変に気付いた。
気配が違う。 それに1人ではなく大勢いる。
窓際に回りこみ覗き込むと、そこからは騎士団と思わしき団員が十人以上家の周りを囲んでいる。
(討伐が終わったのかニャ。なのに御主人様のリニア様がいニャい。それにこの物々しい雰囲気はなんニャ)
覗き込んでいると一人の恰幅のいい団員から信じられない言葉を耳にする。
「ここは危険な魔女の家だ。 此度の戦において魔女が我国の危険因子として見做された。この魔女の家の中にも何が置いてあるか分からん。早急に焼き払う必要がある。皆準備はいいか?!」
「「「 はっ! 大丈夫ですっ! 」」」
団員達は手に持っていた松明に火を着け、今にもこの大切な家に火をつけようとしている姿にニーニャは啞然とした。
は……? 人間はニャにを言っているニャ? それに御主人は何処に行ったのニャ
慌てて扉を開き一人の代表と思わしき人物に声を荒げて言った。
「おまいら止めるんだニャ!! それに御主人様は何処言ったニャ!?」
「皆気を付けろっ!! 魔女の従魔だ!! こいつも逃さないように殺すんだ!!」
は?
今 なんて……言ったニャ?
こいつも……って?
団員に囲まれたニーニャは沸き上がる悍ましい感情を堪えながら言葉を振り絞った。
「リニア様は……どうした? 何処にいるニャ?」
「何処にもいない! 魔女リニアはアルテカ王の命によって魔女狩りを執行させてもらった! お前も魔女と同じく死んでもらうぞ化猫!」
その瞬間だった。沸き上がった血が沸騰し、姿を変えニーニャを化け猫に変えた。
「おまいら……全員許さないニァ…」
それ以降の記憶は殆ど覚えていない。
団員を皆殺しにし、領主を殺し、王都にいる国王とその取り巻きにいる連中を皆殺しにた事くらいだ。
それからありとあらゆる場所を探した。王都中や他の街を、冒険者が行く場所を。匂いをたどって大陸を回った。
それでも御主人様には会えなかった。
帰ってきた家に、もう御主人様のリニア様はいない。
静まりかえった部屋には、もうおかえりなさいの挨拶も、おやすみの耳心地のいい優しい言葉も、コロコロと喉を擦ってくれるほんのりと冷たい指先も、甘えたときに頭を優しく撫でられる事も、御主人様がいない今は感じる事も聞くことも出来ない。
だから言ったニャ。
人間なんて他っておけと。
身勝手な連中で、欲の為にしか頼ってこない人間なんて絶対に他っておいて構わないとあれほど言っていたのに。
それでも御主人様は優しく
「困っているなら助けてあげたいんだ」
と聖女のような事を言って何度も助けて。
「ニャ〜 ニャ〜」
魔力も使い果たし、人間の言葉すら発する事も出来ない。御主人様からもらった大切な魔力も全てなくなってしまったニャ。
これで吾輩も大して普通の猫と変わらなくなってしまった。
せめてこの数年の命、最期は御主人様と一緒に過ごしたこの家で終わらせたい。
月明かりの射す窓際の布団にニーニャは登り、いつもの決まった位置で丸くなった。
そんな時、いつものように扉が開いたのだった。
「たっだいま〜。 あれ? ニーニャ?」
「ニャ〜」
「そっか。 ニーニャはただの猫に戻ったんだね……………」
鳴いてただ甘える猫にリニアは優しく声をかけた。
「ごめんね心配かけて。 でも魔女は簡単に死ねないんだよ。 今回は少し魔力生成に時間がかかって肉体が戻るまで時間がかかっちゃったけど。 ニーニャなんだね王都を破壊したの」
「ニャ〜………」
「人間てさ。 私と違って短い時間で恋をして、仕事をして、子供を産んで、育てて、色々な事をするんだ。 そんな限られた時間の中で精一杯生きてるんだ。 それが私には凄く輝いて見えてるんだ………」
「ニャ〜?」
「だから、今回は少し残念だったけど、また見守ろうって思ってる。 私、この土地を守る魔女だからね」
「ニャ〜」
「ふふ。 また一緒に暮らそっか? ニーニャ」
「ニャ〜〜っ」
こうして永く生きる魔女は、また再びこの土地でひっそりと暮らし始めたという。
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