仕組まれた断罪劇の結末
読んでいただきありがとうございます。
設定はゆるいので気楽に読んでくださいね。
※誤字報告ありがとうございます!
いつもすみません!助かっております!
「グレンダ・アルドリット侯爵令嬢! あなたとの婚約を破棄するとここに宣言しよう!」
王立学園の卒業パーティーにて、我が国の第一王子ルシアン・カルファットが声を張り上げた。
輝く金髪に海のような深い青の瞳を持ち、麗しい美貌は気品に溢れている。
そんな容姿端麗で聡明なはずのルシアンが、このような公の場で婚約者のグレンダに婚約破棄を突き付けているのだ。
ホールに集まった卒業生たちは驚きと共にその理由をすぐに悟った。
なぜなら、ルシアンの右隣には薄桃色の髪に翠の瞳を持つ愛らしい少女……アシュリー・ベケット男爵令嬢が腕を絡ませながら寄り添っていたからだ。
二年前、平民として暮らしていたアシュリーがベケット男爵の庶子であったことが発覚し、そのままアシュリーはベケット男爵に引き取られることとなる。
そして一年前、アシュリーはベケット男爵令嬢としてこの王立学園に入学してきた。
元が平民だということもあり、アシュリーは貴族だらけの学園内で少々浮いていた。
その珍しさ故か、ルシアンを始めとした一部の男子生徒たちがアシュリーに興味を持ち始める。
特に、ルシアンのアシュリーに対する態度……その寵愛っぷりは凄まじいものだった。
しかし、ルシアンには婚約者のグレンダがいる。
おそらく学園に在籍している間の火遊びだろうと誰もが思っていたところに、先程の婚約破棄宣言である。
ホールにいる人々の視線は、銀髪に淡い紫の瞳を持つ美しい令嬢……グレンダへ向けられた。
「ルシアン殿下。婚約破棄の理由を説明をしていただけますか?」
至って冷静なまま、グレンダは動じることなく言葉を返す。
そんなグレンダの態度が癪に障ったのか、ルシアンは激昂した様子で叫んだ。
「アシュリーに対する数々の嫌がらせ、知らないとは言わせぬぞ!」
それからは、グレンダが行ったとされる嫌がらせの内容を、ルシアンが声高々に告発していった。
「ルシアン殿下、それら全ての行為にわたくしは関与しておりません」
「何?」
「それをこの場で証明してみせましょう」
今度はグレンダのターンが始まる。
ルシアンが訴えた嫌がらせの数々……それに反論する形で、自身が関与していない証拠を次々に提示していったのだ。
「そんな、まさか……。それじゃあ、一体誰がアシュリーに嫌がらせを……」
「そもそも、そのような嫌がらせが本当にあったのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
グレンダが意味ありげな表情でアシュリーを見つめると、ルシアンもグレンダの言葉の意図に気づき、信じられないといった表情でアシュリーを見つめ……。
「ひどい! ルシアン様は私の言葉を信じてくださらないんですか?」
「まさか! 僕がアシュリーの言葉を疑ったりするはずがないさ!」
その時、来賓席からルシアンを諌める声が響く。
その声の主は、我が国の最高権力者でありルシアンの父でもある国王陛下その人であった。
国王はグレンダの身の潔白を認めると、ルシアンの有責による二人の婚約破棄と、ルシアンの王位継承権の剥奪を宣言する。
鮮やかな逆転劇にホールの人々は動揺と興奮に包まれた。
(よし、作戦通り……!)
私は心の内でガッツポーズを決める。
──これは仕組まれた断罪劇だ。
ちなみに仕組んだのは私……ルシアンに腕を絡ませているアシュリー・ベケットである。
そして、もう一人……。
◇
ここは学園系乙女ゲーム『生徒会へようこそ!〜放課後の秘密〜』の世界。
王立学園に入学したヒロインが生徒会役員に選ばれ、一年間を通して生徒会に所属する攻略キャラたちと交流し、最後のイベントの卒業パーティーで好感度の一番高いキャラと結ばれるストーリー。
私は入学した日に前世の記憶を取り戻し、そんな世界のヒロインに転生してしまったことを理解した。
そして、戦慄する。
ゲームの攻略キャラは王子や公爵子息など、全員が高位の貴族ばかり。
常識的に考えて、平民上がりの男爵令嬢が王妃やら公爵夫人になんてなれるわけがない。
ゲームならば、攻略キャラと結ばれるだけでハッピーエンド。
しかし、実際の人生はそれからも続く……むしろ、それからのほうが長い。
この一年でどれだけ愛を育もうとも、残りの数十年が地獄じゃあ意味がない。
乙女ゲームはあくまでもゲームだから成立するのだ。
だから、私は出会いイベントも何もかもをまるっと無視し、サブキャラにどれだけ頼まれようとも生徒会役員には頑として立候補しなかった。
それなのに、ゲームの強制力は恐ろしいもので、立候補もしていないのに生徒会役員に推薦されてしまったのである。
そして、当選した……。
それでもゲームの強制力に抗ってヒロインとは全く違う行動を取り続けていたのに、気付けば攻略キャラたち全員に好意を寄せられている。
「そもそも身分が釣り合いませんから!」
「婚約者がいらっしゃる方と、どうこうなるのは無理です!」
きっぱりはっきり断っているのに、ルシアンだけは諦めてくれず……いつの間にかルシアン殿下ルートへと突入してしまう。
(何でこうなった……?)
放課後の裏庭、一人ベンチに座り頭を抱えていると、向かいのベンチにも同じく頭を抱えている女子生徒が……。
それこそが、ルシアンルートの悪役令嬢……グレンダ・アルドリットであった。
そして、彼女も私と同じ転生者であることが発覚する。
「わたくしも、あなたが入学した日に前世の記憶を取り戻したのよ……」
そのため、グレンダはすでにルシアンの婚約者という立場であり、ゲームのようにヒロインに嫌がらせをして断罪されては堪らないと、これまで生徒会から必死に距離を取っていたそうだ。
それなのに、グレンダがヒロインを悪しざまに貶めているかのような噂が広まっているらしい。
「ルシアン殿下のことは政略結婚の相手としか見ていないのに……」
「あ、そうなんだ?」
ゲームのグレンダは、ルシアン殿下が好きで好きで堪らないといった様子だった。
しかし、中身が転生者のグレンダはゲームのキャラとはまるで違う。
(まあ、それもそうか……)
前世の記憶を取り戻す前の私も、外見はアシュリーだが、中身はずっと『私』のままだった。
「それなのに、嫉妬してると勘違いされて断罪なんて……あんまりだわ!」
「たしかに!」
ゲームの強制力に抗う私たち二人はがっちり意気投合した。
「わたくしだってラルフとなら………」
「ラルフ?」
「あ……その、幼馴染なんだけどね」
そう言いながらも、グレンダの頬がほんのりと赤く染まる。
これは恋する乙女の反応だとピンときた。
「………詳しく聞かせて?」
グレンダの話によると、ラルフとは幼馴染であり、彼女の初恋相手でもあるという。
「わたくしの叔母様がローグラン王国に嫁いでいてね。以前は夏季休暇によく遊びにいっていたの」
ローグラン王国とは獣人の国。
昔は種族間の差別などもあったそうだが、今では人と獣人の婚姻は珍しいものではなくなっている。
そこで、グレンダはラルフと出会う。
「じゃあ、ラルフも獣人なの?」
「ええ。犬の獣人なんだけど、黒い耳とフサフサの尻尾がとっても可愛いの!」
そう言って、グレンダは薄紫色の瞳を輝かせる。
しかし、グレンダとルシアンの婚約が決まると、ラルフはぱったりと姿を見せなくなったそうだ。
そのまま数年は音信不通だったところ、つい最近になってグレンダとラルフは再会を果たしたのだという。
「それで恋心が再燃しちゃったと……?」
「本当なら、婚約者のいる身でそんな感情を持つのはダメだってわかってる。でも、ルシアン殿下はヒロインに夢中だし、こっそりラルフを想うことぐらい許されてもいいかなって……」
そのままグレンダの瞳に涙が溜まっていく。
「わあああ! 泣かないで!」
「だって、だって……。どうして何もしていないのに断罪なんて……!」
「ああああ! でも、わかる! 私だって王妃とか絶対に無理だし!」
そう、このままゲームのストーリー通りに進むと、私はルシアンと結ばれて王子妃……ゆくゆくは王妃となる。
そして、グレンダは断罪されて北の修道院に送られてしまう。
二人で散々泣いて騒いでルシアンの悪口で盛り上がったあと、私はある決意を固める。
「よし! なんとかゲームのシナリオから抜け出そう!」
「え? でも、どうやって?」
「二人で協力すればいいのよ!」
前世の記憶を頼りに、私は一つの案を捻り出した。
参考にしたのは、断罪されそうになった悪役令嬢がざまぁをして王子とヒロインにやり返す物語。
しかし、それを聞いたグレンダの反応は悪かった。
「それでも、難しいと思うわ……。うまくいったとしても、あなたは罰を受けるだろうし、わたくしだって別の相手を用意されるだけ……。幸せになんてなれない」
そう言って、グレンダは俯いてしまう。
「うーん……。グレンダの言ってることもわかるよ? でもね、私はシナリオ通りに動かされているのがどうしても気に食わないの。どうせこのまま不幸になるんだったら、その不幸も自分で選びたい」
「不幸を選ぶ?」
「そう! 自分で選んだ不幸なら納得できるでしょ?」
生きていて、全てが自分の思い通りなんて夢物語だ。
実際は、限られた選択肢の中から選び取り、失敗したり成功したりを繰り返し歩んでいく。
「わたくしも、どうせ不幸になるなら……好きな人に想いを告げたい」
こうして、私たちはこのゲームのシナリオに一矢報いてやることにした。
それからの私は、グレンダに持ち物が盗まれた、壊された、階段から突き落とされたと、事ある毎にルシアンに訴える。
これはゲームのストーリーでグレンダがヒロインにやった嫌がらせと同じもの。
もちろん私の自作自演による捏造だ。
それと同時に、その嫌がらせが冤罪である証拠をグレンダが用意する。
そうしてグレンダに対する鬱憤が溜まったところで、私はルシアンにグレンダとの婚約破棄を唆したのだ。
まんまとルシアンは卒業パーティーで婚約破棄を宣言し、グレンダがざまぁを食らわせた。
私も王子を唆した罰として、その場で修道院行きを命じられる。
「そんな……修道院だなんて……」
驚愕する演技をしながら、私は内心ほっと息を吐く。
(これでハッピーエンドは阻止できた……!)
数ある不幸の中から、私は修道院へ行く道を選んだ。
このまま王妃になり、多くの人に迷惑をかけて恨まれるくらいなら修道院へ行ったほうがマシだろうと思ったからだ。
そして、グレンダはローグラン王国へ渡り、駆け落ち覚悟でラルフに想いを伝えるらしい。
(さあ、あとは大人しく連行されるだけ……。あ、ちょっとくらい抵抗して騒いだほうがいいのかな?)
そんなことを考えていた時だった。
ホールの扉が突然開き、背の高い黒髪の青年が現れる。
「グレンダ!」
彼はグレンダの名前を呼びながら、彼女のもとへ一直線に駆け寄った。
そんな青年には黒い三角の獣耳とフサフサの尻尾が生えており……。
(ん? あれってもしかして……?)
私の予想通り、グレンダは獣人族の青年に向かって「ラルフ!?」と、驚いた声を上げていた。
(あれが、可愛い……?)
私も違う意味で驚いてしまう。
ラルフと呼ばれた獣人は、服を着ていてもわかるくらいの筋骨隆々な身体に、射抜くような琥珀色の瞳と精悍な顔立ちで……。
グレンダはラルフを事ある毎に可愛い可愛いと言っていたので、なんとなく仔犬のように愛らしい見た目を想像してしまっていたのだ。
すると、ラルフは来賓席に向けて飛び入りの参加を詫びたあと、自身がローグラン王国の第二王子であると明かした。
(えっ!? そうだったの!?)
思わずグレンダに視線を向けると、彼女は目を見開いたまま、私に向かってぶんぶんと首を横に振る。
どうやら、ラルフが王子だとは知らなかったらしい。
「グレンダが婚約を破棄すると聞いて急ぎ駆け付けたのだ。彼女は私の番。狼獣人は唯一人の番に一生を捧げる」
そんなラルフの言葉に、私は再びグレンダに視線を向ける。
(グレンダが番!? っていうか、犬じゃなくて狼なの!?)
すると、グレンダは涙目になりながら先程よりも高速で首を横に振っていた。
どうやら、ラルフを犬の獣人だと勘違いしていたらしい。
そして、ラルフはグレンダに向き合った状態で跪く。
「グレンダ……。どうか俺と一生を共にしてくれないか?」
今度はグレンダが、私に向かって「どうしよう?」と目で訴えてきた。
私は無言のまま赤ベコのように首を縦に振って、「受け入れろ」と合図を送る。
こうして、私とグレンダによって仕組まれた断罪劇は、ヒロインと王子が破滅を迎え、悪役令嬢は獣人の王子と結ばれる結末を迎えたのだった。
◇◇◇◇◇
翌日、王城の裏門に停まる馬車の前、グレンダが私の見送りに来てくれた。
「わたくしだけが……その、幸せになってしまったようで……」
「いいの、いいの。修道院に行きたいって言ったのは私なんだし、二人共が不幸になっちゃうよりいいじゃない」
申し訳なさそうな表情のグレンダに明るく声をかける。
それに、ヒロインとの恋に溺れたルシアンが悪いとはいえ、彼を陥れたことに違いはない。
その責任を取る意味も込めて、修道院へ行こうと私が決めたのだ。
(まあ、自己満足かもしれないけど)
そんなことを考えながら、グレンダがこれ以上罪悪感を持たないように私は話題を変える。
「それにしても、こんなに早く修道院へ行けるとは思わなかったわー」
昨日の断罪劇のあと、私は王城の一室に閉じ込められた。
てっきり牢屋に連行されると思っていたので拍子抜けだったが、朝起きるとすぐに修道院へ向かうように通達されたのだ。
「そのことなんだけど……南のジルカニア領にある修道院へ行き先が変更になったの」
「ジルカニア領?」
「ええ。少し前に新しい領主が就任したそうよ。治安もいいし、修道院も新しく綺麗だってラルフから聞いて……」
ゲームの悪役令嬢グレンダは、断罪後に北の修道院へ送られていた。
てっきり私も同じ場所に行くのだと思っていたのに……。
「もしかして、グレンダが……?」
「少しでもいい環境で過ごしてほしくて……。ごめんなさい。わたくしの自己満足よね」
「ふふっ。そんなことないよ。私のためにありがとう!」
「アシュリー………!」
グレンダは涙を浮かべながら、ギュッと私を抱きしめる。
「わたくし、あなたに会えてよかった!」
「私も!」
「毎月、必ず手紙を送るわ」
「できれば現物支給でお願い」
「ふふっ。日持ちのするお菓子ね?」
「さすが、グレンダはわかってる!」
こうして、私たちは互いにゲームとは全く違ったエンディングを迎え、新たな道を歩み始める……。
◇
ジルカニア領へ向かう馬車に揺られ、私はぼんやりとこれからのことを考えていた。
(結局、グレンダは王子妃になるのよね……)
グレンダによると、ラルフはずっと商人の息子だと自身の身分を偽り、この国にも仕入れのために訪れたのだと言っていたそうだ。
それが、まさかの王子様。
これこそ、前世で読んだ悪役令嬢の逆転物語のようだった。
(驚いたけど、これまでの王子妃教育が無駄にならなくてよかった)
ルシアンとの婚約が決まってから、彼女は何年も厳しい王子妃教育を受けてきた。
一度、「王子妃教育ってどんな感じ?」と軽い調子でグレンダに聞くと、「えぐい……」と重い一言が返ってきたことを思い出す。
(それと……ルシアン殿下はどうなるんだろ?)
彼には悪いことをしたが、こうでもしないと離れないくらいにルシアンの愛は重かった。
こっちは身分や婚約者の存在を理由に、何度もお断りをしている。
それをゴリ押ししてきたのがルシアンだ。
「ヒロインだから愛されるなんて……怖すぎ」
馬車の中、一人呟く……。
もしかしたら、ゲームのシナリオからルシアンも解放され、今頃は夢から覚めたように私への愛など綺麗さっぱりなくなっているかもしれない。
それでなくとも、私のせいで王位継承権を失ったのだから、愛が憎しみに変わり、私のことを恨んでいる可能性だって大いにある。
(やっぱり修道院は正解かも……)
その時、徐々に馬車がスピードを落としていることに気がつく。
まだ王都を出たばかりなので不思議に思っていると、御者用の小窓がコンコンッとノックされ、同じ目的地へ向かう知人を乗せてもいいかと御者から相乗りの打診をされた。
グレンダが用意してくれたらしいこの馬車は広々としており、あと二〜三人乗っても大丈夫だと快く返事をする。
(旅は道連れってやつよね)
しばらくすると馬車が完全に停まり、扉をノックする音が聞こえた。
返事をして、こちらから扉を開けてやると……。
「やあ、アシュリー! 昨日ぶりだね?」
「ひぃっ!!」
金髪碧眼の麗しきルシアン殿下が微笑んでいる。
慌てて扉を閉めようとするも、ルシアンのほうが一足早く馬車の中に乗り込んでしまった。
そして扉が閉まると、再び馬車は何事もなかったかのように走り出す。
向かいに座ったルシアンは、変わらず微笑み続けている。
「あ、あのぅ……何をしに来たんです?」
「何って、行き先が同じだから相乗りをさせてもらいに」
「いや、私の行き先はジルカニア領の修道院ですよ!?」
「奇遇だね。僕の行き先もジルカニア領なんだ」
「はあ?」
「実は、王位継承権が剥奪された代わりに、ジルカニア子爵位と領地を賜っていてね。もちろん公にはされていないけど」
「へ?」
そう言って、ルシアンは悪戯っぽく笑う。
「アシュリーが『身分が釣り合わないから無理』『婚約者がいる相手とは無理』って言うから……全部捨ててみたんだ」
「…………っ!」
「さあ、これで僕を選ばない理由はなくなったよね?」
「ちょ、ちょっと待って!」
あまりに突然の話に、私は混乱しながらもストップをかける。
「あなた、私のせいで王位継承権を剥奪されたのよ!?」
「うーん……。理由はアシュリーだけど、僕が王位継承権を剥奪されたのはずいぶん前だよ?」
「ええっ!? どういうこと!?」
そして、ルシアンの口から私の知らなかった事実が語られる。
数年前、私がまだ平民として王都の西地区に母と二人で暮らしていた頃、身分を隠したルシアンが社会勉強の一環として西地区に視察へ訪れたらしい。
「突然、『ひったくりよ! 捕まえて!』っていう声が聞こえて、振り向いたら女の子が男に飛び掛ってるところでね。倒れた男に馬乗りになりながら、鞄を取り返していて……」
「それってもしかして……?」
「それが僕とアシュリーの出会いだよ」
「…………」
たしか、お小遣いの入った鞄をひったくられ、ブチギレた私が自分で追いかけて取り返したのだ。
「あの時の君の勇姿と、スカートから覗くしなやかな脚が忘れられなくて……一目惚れだった」
「…………」
「それでも、さすがに自分の立場はわかっていたから、一旦はその気持ちに蓋をしたんだ」
それから数年後、私が男爵令嬢として入学してきたことでルシアンの気持ちが再燃してしまったという。
「学年も立場も違い過ぎる君と少しでも接点を持ちたくて、ついつい権力にものを言わせて生徒会役員に推薦を……」
(……お前か)
どうりで、謎の推薦ですんなり当選してしまったわけだ。
「その時は、ただ近くで君を見ていたいくらいの気持ちだったんだ。だけど、ダメだね……君と目が合うと声が聞きたくなるし、会話ができると触れたくなって……次から次へと欲が出てしまった。そんな時に、ラルフから連絡がきたんだよ」
「え?」
思わぬ人物の名前が出て、私は目を見開く。
「ラルフ王子とお知り合いなんですか?」
「まあ、幼馴染みたいなものだね。しばらくは疎遠だったのに、急に大事な話があるからって呼び出されて……」
そこでラルフから聞かされたのがグレンダの話。
グレンダが自身の番であると気づいた時には、すでにグレンダとルシアンの婚約が整っていたこと。
一度は諦めようとしたが、やはり諦めきれず……どうかグレンダとの婚約を解消してほしいと、ラルフはルシアンに頭を下げたのだという。
そんなラルフの要望を、ルシアンは受け入れた。
「それから父にグレンダとの婚約解消を願い出て、アシュリーへの気持ちを伝えた。結果、父は僕の王位継承権の剥奪を決めたんだ」
「ふぁっ!?」
「驚いた声も可愛いね」
「いや、それくらいで剥奪されるんですか?」
「国よりも愛する女性を優先する時点で、僕は王として相応しくない。父の判断は正しいよ」
「…………」
たしかに、これで私が王妃になったら、国が傾く未来しか見えない。
「それに、僕のような『優秀な王子』が中途半端に継承権を持ったままのほうが厄介なトラブルを招きかねないからね」
自分で優秀って言っちゃうんだ……と一瞬思ったが、よく考えるとルシアンの言葉は尤もだった。
ヒロインとの恋に溺れてしまわなければ、ルシアンは『優秀な王子』そのものなのだから。
ルシアンには三人の弟がいる。彼らのいずれかが王に選ばれた際、対抗勢力がルシアンを担ぎ上げる可能性だってある。
そんなトラブルの芽を摘む意味で、継承権の剥奪に踏み切ったのだろう。
「問題は、僕とグレンダの婚約解消と、王位継承権剥奪を周囲に納得させることだったんだけど……ちょうど君とグレンダが素敵な計画を立てているみたいだったから、便乗させてもらうことにしたんだ」
「へ?」
ギクリと心臓が跳ねる。
「あ、あの……どこから気づいて?」
「ふふっ」
笑ってる。やだ、怖い。
「演技だとわかっていても、私に甘えてくれるアシュリーはとびきり可愛かったよ?」
「…………」
「セリフが棒読みじゃなければ、私の理性も危うかった」
「…………」
私とグレンダの計画がバレていたことに驚くと同時に、いろいろ腑に落ちたこともある。
(どうりで展開が早過ぎると思った……)
まず、グレンダが冤罪であると証拠を提示してから、ルシアンの王位継承権剥奪と私の修道院行きが決定するまでのスピード。
そして、ラルフが突入してくるタイミング。
全てはルシアンによって仕組まれていたのだ。
「………はぁ」
全身から力が抜けて、溜息が口から漏れてしまう。
それから、変わらぬ笑みを浮かべるルシアンに向けて口を開いた。
「王位継承権がすでに剥奪されていることはわかりました。私たちの計画がバレていたことも……。でも、私があなたを陥れようとした事実は変わりません」
すると、ルシアンが少し困ったような表情になる。
「そもそも、僕がアシュリーを好きになったことが原因なのに……。でも、僕に対して罪悪感があるのなら、これからは王子としてではなくルシアンとして僕を見てほしい」
「え?」
「僕がいくら君に気持ちを伝えても、真剣に受け取ってもらえていない気がして……」
「…………」
「僕は隠れて画策するアシュリーも、ストレスが溜まると裏庭の猫を吸っているアシュリーも、太るとデザートじゃなくて食事のほうを減らすアシュリーも、全部好きだから」
それらはヒロインのアシュリーではなく、紛れもない『私』のことで……。
その時、私は自身の言葉を思い出す。
『ヒロインだから愛されるなんて……怖すぎ』
ルシアンは、ちゃんと最初から『私』を見てくれていたのに……。
彼をゲームの攻略キャラとして見ていたのは、私のほうだったのだ。
「ちゃんと僕を見て判断してほしい。それでもダメだったら……」
「ダメだったら?」
「諦めることを考えるのもやぶさかではないかもしれない」
「…………」
なんか、諦めそうにないな。
「わかりました。これからはルシアン殿下……いえ、ルシアン様のことをちゃんと見ます」
「本当!?」
「でも、修道院に入りますから、そんな簡単に会ったりは……」
「それなんだけど、修道院が完成するまではどうするつもりなの?」
「え? 完成……?」
「修道院を建てる計画はあるけど、まだ着工すらしていないよ」
「そんな! ジルカニア領に新しくて綺麗な修道院があるって……!」
「ああ! きっと、ラルフが早とちりしちゃったのかも!」
ルシアンのわざとらしい棒読みなセリフに、私は眉根を寄せる。
(どうしてラルフ王子の名前が……? ジルカニア領を薦めてくれたのはグレンダで……あっ!!)
そこで、グレンダの言葉を思い出す。
『少し前に新しい領主が就任したそうよ。治安もいいし、修道院も新しく綺麗だってラルフから聞いて……』
新しい領主は目の前にいるルシアン。
そして、そんなルシアンとラルフは繋がっていて……。
全てを察した私に、ルシアンは優しく語りかける。
「それで、アシュリーはジルカニア領のどこでどうやって暮らすつもりなのかな?」
「…………」
断罪劇のあとは王城の一室に閉じ込められ、着ていたドレスとアクセサリーは没収され、シンプルなワンピースだけが支給された。
そして、翌朝すぐに修道院行きの馬車に乗せられた私は、完全なる無一文である。
「ちょうど、僕の屋敷は部屋がたくさん余っているんだけど?」
「…………」
私の選べる選択肢は……残念ながら一つしか思いつかない。
こうして、王子によって仕組まれた断罪劇は、全力でヒロインが囲い込まれる結末を迎えそうだ。
よろしければ☆やイイネを押していただけると作者のモチベーションが上がります!
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