表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

推しが結婚した。

作者: マーシャ

 朝起きてすぐ、日課となっているSNSのチェックをした。

 まず、元アイドルが入籍したというニュースが目に飛び込んでくる。さして興味がないので読み飛ばし、推しのアカウントを開いた。


「えっ」


 そこには、【ご報告】と記された投稿がなされていた。よくある時候の挨拶があって、その次の文章には結婚の文字。目が滑って、全然文章が頭に入ってこない。


 入籍しましたことを、ご報告いたします。


 その文だけが、まるで宙に浮いているかのようにずっと目に飛び込んでくる。

 よくよく読めば、お相手は私が先程見た元アイドルであった。


 彼を推し始めたのは、5年前。

 無名の舞台俳優だったが、なんとなく雰囲気が良くて好きになって、たまたまやっていた握手会に参加してみた。DVDで何度も見た人物が目の前にいる不思議。

 彼を見て最初に、結構普通なんだなと思った。悪い意味ではなく、彼も同じ人間で、生きているんだという意味でそう思った。

 握手しながら、彼になんて言ったかは覚えていない。ただ、彼は少し痛みを感じるほど強く私の手を握ってくれた。

 そして手が離れた後、私が部屋を出る最後までこちらを見て、「また来てくださいね」とそう言った。


 私はそれだけで彼のことが大好きになってしまった。


 彼が実在すると分かっただけ、ひとりのファンとして握手しただけで、私は彼と自分の人生が交わったような錯覚をしてしまった。

 突然、日常が色づいた。

 もしかしたら、駅で彼とすれ違うかも。もしかしたら、たまたまご飯やさんで隣の席になるかも。天文学的確率でしか起こらないもしもに期待して、心が踊った。

 

「私、最近この人推してるんだよね」


 友人に写真を見せると、みな微妙そうな表情をしていた。彼は世間一般からみたらイケメンの部類には入らないが、私からしたら彼の顔面はとても好ましかった。


 彼を推し始めた翌年。

 彼は舞台に出演する回数が増えた。

 全部を見に行くことは出来なかったが、観劇した際には必ず花を贈った。

 彼のSNSには毎回コメントを残した。

 もしかしたら、彼がどこかで私を見つけてくれて、一目惚れをしてくれるかもしれない。そんなあり得ないような妄想すら、私は楽しかった。


 その次の年。

 私は付き合っていた彼氏にプロポーズをされた。もちろん返事はOK。

 私はちゃんと現実を見ている。彼と結婚できないことは理解している。

 その日の夜、彼が夢に出てきた。私は彼と仲良くお喋りをし、冗談を交わし、手を繋いでいた。

 彼はテレビにも出演するようになり、見かけることが多くなった。

 

 その次の年。

 私は結婚式を挙げた。隣にいるのが彼だったらなー、なんて、何度も考えてしまった。

 その後、私の人生は大きく変わった。旦那の異動があって引っ越しをして、子どもが出来て、育児に追われて…。

 彼の舞台を見ることはなくなった。それでも彼がテレビに映ると嬉しくて、彼のSNSをチェックして、幸せな気持ちになれた。


 そして、数年後、突然の【ご報告】。

 私は手が震え、大袈裟なほど心臓が暴れまわっているのを感じた。

 彼の人生に私の人生が重なることはない、そんなこと分かっていた。ただ好きだっただけ、推していただけ、だから私も結婚したし子育てもしている。なのに何故、私はこんなにも傷付いているのだろう。

 視界が滲み、私の手元にある画面にパタパタと液体が落ち、小さな水溜まりを作った。

 私はなんて我が儘なのだろう。私は結婚をしたくせに、彼は結婚してほしくなかっただなんて。彼も1人の人間であり、彼も愛する人がいて、彼も幸せになるだけなのに。

 本当のファンなら、彼を祝福してあげるべきなのに。

 彼の手に触れてしまったあの時、私は確かに恋に落ちた。燃えるような恋ではなかった、空に並ぶ星のように、小さく瞬く恋だった。何年もの間、宝物のように胸の奥に隠して、大切に抱き締めてきた恋だった。初めから叶うわけがないと分かっていながら、手放すことができない恋だった。あなたに届かなくても、届けることができなくても、恋だった。


 私のものにならなくていいから、誰のものにもならないで欲しかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ