第一話 はじまり
どちらにしたって、正直関係がなかった。これは僕の思いなのだから。
世間にどう見られようとも、周りにどう思われようとも関係がない。
誰かがこう言っていた。「これ以上関わらないほうがいい」と。「これ以上は、お前にとって辛いだけだ」とも。
ただ、それでも僕の思いは変わらなかった。
もちろん、それに比例するように君の思いも変わらず、比例曲線のように、決して交わることもなく、決してその思いが伝わることはなかった。
だけれども、それでも、少しでもこの思いというのが伝わるのならば、伝えることができるのであれば、それがなくなるまで僕は思い続けていたいのだ。
それが僕の生きる糧であり、それが僕の生きる道なのだ。
小学校の頃、僕はどうにもこうにも説明がつかないようなことを理不尽に受けさせられていた。しかし、それは言葉言うところの虐待というものには当てはまることなく、僕は定義外の決して保護されない立場で生きながらえる必要性があった。
しかし、その生きながらえるという、まるでライン作業のような行為はまだ未発達であった幼い僕の心を着実に蝕んでいっており、一度だけ自身の命を絶とうと決意したことがあった。だが、その時の僕はきっかけがなかったのである。もし、きっかけがその時存在していたのであれば、今の僕は存在していなかったはずである。
結局の所、小学校という魔の時間を終了するまでただただ、生きるという作業をこなしていき、ようやく終焉を向かえた。ここは、義務教育であったことが幸いして、と言えるだろう。
両親の期待を大きく裏切った僕は、両親から愛想をつかされ、それが自身の自由へとつながったのである。しかし、自由が与えられたからと言って人は自由になることは出来ない。なぜなら、自由になれる人間というのは自由を知っている人間にだけ与えられる特権なのだから。。
中学校進学後、自由という意味を当たり前のように掴めずにいた。周りは友人というものを作り、仲良く楽しく過ごしている。その中で僕はただ置いていかれているような、そんな気がしていた。いや、実際そうだったのだ。
もちろん、今となってみればそれは自身の行動不足だったというのは言うまでもないだろう。しかし、それは今という自分自身の知識があるからで、その知識がなかったその時は本当に何もすることが出来なかったのだ。
自由が出来たとき、自由というものを知らないというのは非常に苦痛であった。
こうして、小学校の頃と同じように、いや、光を見てしまったコラこそそれ以上に苦痛を味わうのかと思ったとき、僕はさらなる絶望感を感じた。
中学も高校も、そして今後の人生も何も変わるはずがない。そうやって覚悟を決めそれが自身の運命だと決めてしまえば楽になれた。楽になったからこそ、今度は虚無感を感じた。
何も変わることも、何も変えることも出来ない。そう、思っていた。
「なぁなぁ」
呼び掛ける声。その声が、正直その時はまったくもって心に響かなかった。単純なまでに、それというのは自身が処理しなければいけない一つのタスクでしかないと思っていた。
ただ、それは間違えであった。というより、間違えであったということになったのだ。
簡単に言ってしまえば、この後ぼくは、人生において初めて恋心を抱く事になったのだ。
その呼びかける声から始まったのは非常に他愛もない話だった。最初は、授業でわからない事を聞いてきたのだ。これでも僕はある程度優秀な方ではあったので、ノートを見せてほしいや、宿題で分からないところがあったとか、そういった事を聞いてきてそれに答えるというのが、これ以降何日か続くことになった。
その話と付随して、世間話のようなことも話した。どんな小学生活を送っていたかとか、最近のドラマやアニメの話や本当に正直な話どうでもいいことを、彼女が一方的に話すというのが続いた。
一方的に話すのが終わると、彼女は満足したような感じでまた友達の輪というのに戻っていく。そして、それに置かれた僕という構図が出来上がった。
ただ、不思議なことに、彼女と話す機会というのは教室以外にもあったのだ。
以前、委員会決めで、どこでもいいと思っていた僕は図書委員になり、定員二人であったため、もうひとりの人間が自動的に選ばれることになる。その相手というのが彼女であったのだ。
図書委員の仕事というのはクラス図書の管理と当番制の図書室の受付であり、僕は彼女と強制的に図書室で過ごすという事になったのだ。
ただ、図書室というのは金がかかっている反面利用者は少なく、受付をしていてもその仕事をすることは殆どなかった。司書の先生も登板の最初に「よろしくね」と言って、いつも図書室の裏方で事務作業をしていた。
つまり、図書室の受付という空間は悲しいかな彼女と二人で過ごすことになるわけなのである。昼休みは30分間であり、その30分間彼女と僕は話をすることになる。
そして、そこから導き出されるのは、彼女の一方的な話である。彼女の趣味や彼女音好きな食べ物、好きな動物の話、好きな本の話……などなど話のテーマが尽きないかとむしろ心配するようなペースで彼女は話をいつも続けていった。
そしてついには、僕に関しての質問をするようになり、それがエスカレートしていき、「私に関してなにか質問をしろ」と言われるほどになった。
さらに言ってしまえば、同い年同学年であるはずなのにも関わらず、説教を受けることもあった。
「あんたは根暗すぎる。根暗なのは変えられないにしても、どうにかするって気概はないの?」
そんな事を言われても、何も言い返せない。言い返せないと「そういうところが……」という感じでさらに話を進めていった。
そして彼女の行動はエスカレートしていき、「あんた、部活とかやってないよね?」と質問をしてきた。やっていたいと答えると、「なら、放課後ついてこい」といって、放課後そそくさと帰ろうとしていた僕は引っ張り、情報処理室へと連れて行かれた。
そこには、メガネを掛けた男と、野球刈りをした男と、その他いかにもオタクっぽい男女複数名がいて、さらにはジャージを着ていて学年が違う人間も数名いた。
「入部希望者連れてきました」
その一言を彼女が放つと、拍手が沸き立ち、流れるまま僕は部活に入部することになった。部活の名前はそのまま情報処理部であり、僕はまだそのとき情報処理部がどのような部活かを知らなかった。結局の所、卒業まで詳しい部活内容は分からなかった。
兎にも角にも、僕はクラス内でも図書室内でも、そして部活動でも彼女と話す時間というのが多くなったのである。
そして、時間が立つごとに彼女から話されるのが、やはり彼女自身の趣味の話であり、その趣味を理解させるがごとく詳しく詳細な説明、言ってしまえば授業のような話しぶりで、僕はなぜだか、彼女の趣味の分野に関して非常に詳しくなってきてしまったのである。
彼女は音楽ゲームが好きなようで、その音楽ゲームの中のアイドルグループというのがあり、そのアイドルグループがどれほど可愛くていい歌を作っていて、どれほどいい作品を作っているのかを、熱弁、熱弁、熱弁をしつくした。
そして、それを調べるうちに、単純かもしれないがそのアイドルグループの熱心なファンになったというのは、正直秘密にしたいことではある。
そういった日常を過ごしているうちに、僕にも少しずつ変化が訪れるようになった。今までは、タスク処理としてしか考えていなかった。
ただ、彼女と話していくうちに彼女と関わっていくうちに、それ以上に彼女に巻き込まれていくうちに、自分自身が変わっていったのだ。
だからこそ、その時僕は眩しかった光が視界を遮るものではなく、あたりを照らすものだとようやく気づいたのだった。
そしてそれに気づいた後、すぐに話し変える声というのに自然と答えることができるようになったのだ。それは事務的に返すものではなく、自身として返すことだ。
そうなったことで、僕には友達と呼べるものが着実に増えていくことになった。
そうなったとしても彼女と話すこととというのはあいも変わらず続くのだった。そして、彼女から誘われ、そして僕からも誘ったりして友人たちを連れて出歩くなどと言った、非常に一般的な中学生のような事をできるようになったのだ。
そして、僕はようやく彼女の話をしっかりと聞けるようになった。そして、彼女のことをなぜだか知りたくなってきたのだ。本当によく分からなかった。ただただ、彼女のことをもっと知りたくなってきただ。
さらに不思議なことに、彼女といない時間になるとふと彼女のことを考えてしまうようになった。
端的に言えば、ここでようやく僕は自明することになった。バカ真面目に、これは恋というものをしてしまったのではないかと。