交差点にて動き出す
すっきりとした青空にわたあめのような白い雲が流れている。その様子を映す水鏡にさざ波が立ち、制服姿の私も揺らめく。どこまでも澄み渡った二つの空は眩しく、私を迎え入れるようだ。
「キミが行く扉はそこだ」
案内人が指さす先には見慣れたデザインの扉。白い扉の下の方に黒猫が横切る様子が描かれた扉だ。金色のドアノブがキラリと光り、私が扉を開けるのを待っているようだ。
「あの扉の先に行ったら、もう戻れないの?」
「お別れはしただろう?」
案内人の言葉に、そうか、と悟る。
バイバイと言えたのは彼だけ。最期の時間は彼といつもどおり話をしただけ。あまりにもいつもどおりで、お別れという気がしない。いつものように、また明日と言った。
いつもどおり、また明日を迎えられると思っていたから。
「笑ってお別れできたかな」
いつもどおりの会話、いつもどおりのバイバイ、いつもどおりの笑顔だっただろうか。
「寂しい?」
「うん。だけど、落ち込んでいられないよね」
君はこれからどうなるの? と彼は訊いた。死んでしまった私はこれからを答えた。
だから、私は進むのだ。
「ここは過去と未来の交差点」
案内人は私の左手を取る。氷のように冷たい手だ。
「扉の先は新たな時を刻み始めるための準備の場所だ」
そう言って案内人は左手首に巻かれた黒猫の腕時計を撫でる。ガラスにヒビが入り、針が止まったままの壊れた時計。私の時間が止まった瞬間を残した時計を案内人が優しく撫でる。すると、傷が跡形もなく消え失せ、金色の細い針が動き出す。
リューズをどれだけ回しても動かなかった時計が動き出す。
「ありがとう」
「どういたしまして。さあ、いってらっしゃい。今度は若くしてこちらに来てはいけないよ」
案内人は淡く微笑む。
案内人の手から離れ、私は真っ白な扉へ歩き出す。
金色のドアノブに触れる前に改めて案内人にお礼を言おうと振り返ろうとする。
「時計の針が右に回り、時を刻み始めた。だから、振り返ってはいけない」
天まで届きそうなほど通る案内人の声に私は動きを止める。
「……ありがとうございました」
そう言って私はドアノブを回し、扉を開ける。真っ白なその先に一歩を踏み出す。
新しい時間をもらいにいくために。
彼女を迎え入れた扉は音もなく消える。
「また新たな日々を刻んでおくれ」
これからの時間にヒビが入って止まらぬように。
死者を導く案内人はそう願うと、踵を返す。
始まりを告げる季節の風が水面を撫でた。
バイバイした彼との話→ 「「時計の針はどうして右に回るの?」」https://ncode.syosetu.com/n8560hi/
バイバイした彼の三年後の話→「「観覧車も右に回るみたい」」https://ncode.syosetu.com/n6933jw/