PART3
その後、およそ成人男性五から六人前の量の食事をぺろりと平らげたベイクは二人に連れられて再びクラリス・ボトムへと赴いていた。
戦いからすでに二日。経由した中央区の賑わいは相変わらずだ。ほろ酔いの人々が行き交い、歌い、踊っている。これがこの都の日常で、あれだけの戦いが実際にあったとは到底思えない。
やはり夢だったのではないだろうかと、途中の露店で買った獣肉の串焼き数本を口にしながらベイクはつい考えてしまうが、ちらと窺い見たガウスとロックの顔の絆創膏で現実と理解する。
それからさらに少ししてボトムへと到着した一行。入り口は彼らが初めて訪れたときと代わりはないようだったが、出入りしている人間が多く、それも浮浪者たちではなかった。
多くが建設業などに携わる屈強な人間と“別”ドワーフらだ。
付近に椅子を立てて座っている人間の男性にガウスが話し掛け、二~三ほど話をするとベイクとロックは彼に手招きされ、ボトムの中へと入った。
区内に浮浪者の姿はなく、野犬だとかネズミもいなければゴミもなくなっていた。みすぼらしい建物も解体が進みつつある。
「きれいになってる」
「ああ、建て直すんだよ」
「ここに住んでたヤツらは?」
「うん、追放されたよ。元々偉い人たちに嫌われてたしな」
かわいそうだとは思うけど――ベイクの質問に答えたロックはそう言って浮かべていた微笑に影を落とした。
ベイクは「そっか」と言って、左腕に抱えた紙袋の中から串焼きを取り出してロックに差し出す。それに気付いて不思議そうにするロックに彼は言った。
「喰えば元気出る」
「……うん、ありがとう」
そしてロックは串焼きを受け取るが、受け取った串焼きを見て固まってしまった。それは切り分けられた肉塊を調理したものではなく、小鳥をそのまま丸焼きにして串に連ねたものだったからだ。
喰わないのか――と固まるロックに問うベイク。「あっ、ああ」と慌てて返事をしたロックだったが、ベイクの方を見た彼の目に新たに飛び込んできたのは特大のイモムシの串焼きを美味しそうに食べるベイクの姿だった。
色白で、ぷりぷりに肥えたイモムシ。それを軽く焦げ目がつく程度に焼き、蜂蜜色の甘辛ダレを塗って火炙りにしたスパイシーな逸品である。が、イモムシがあまりに巨大で調理してあってもイモムシにしか見えないこともあり通常の感性であれば忌避してしまうこと請け負いだろう。
如何にも固そうな頭部と顎。小さく短い六本足に側面に並んで空いた気門。黒っぽく色付いたお尻。全くイモムシである。それがタレに塗れて煌めいていた。
ベイクは目一杯に口を開き、そんなイモムシにかぶりつくと串から引き抜いて、頑張って口内へと収めては頬を膨らませて咀嚼する。あまりにいっぱいなものだから、クリーミーなイモムシの中身が彼の口角から溢れて零れそうになっていた。
もくもくと頬を揺らすベイクの表情は実に幸せそうである。しかしロックはといえば、イモムシを食べるという行為が性に合わないのか少々顔を青くしていた。
そしてベイクの気遣いと、イモムシに比べればという気持ちで小鳥の姿焼きをついに口にするのだった。
柔らかな鶏皮と微かな肉感、ぱりぱりとした骨の食感があって、鶏肉の味と内臓の苦みが程好く、中々の美味であった。
「元気出たろ?」
「うん……たぶん……」
美味いは美味いが――串に残った小鳥の真ん丸な目と目が会ってしまい、ロックはなんともいえない気持ちになるのだった。
その後ガウスも串焼きが欲しいとベイクに強請るが、ベイクはそれを突っぱねた。ガウスは元気だからだとか。
「あのぅ、一応それ俺が買ったやつなんですけど……」
「喰うのはオレだ」
「それ理由になってませーん」
良いから寄越せとガウスが手を伸ばし、ベイクが逃れる。
そんな下らなくものどかな光景にロックは思わず頬を緩めた。だが懸念が一つ。ガウスである。
しかしそんな懸念も、目的地に到着したことでまた胸の奥底へと沈んでゆくのであった。




