PART9
正面衝突では分が悪い。すでにその事を身に染みて理解しているベイクはレゲイルの拳が命中する間際、左手に爆発を生じさせ自らの軌道を変化させる。
迎撃の攻撃を回避した上で、火炎噴射と爆発を駆使して宙空機動を行いレゲイルの側面へと回り込むと同時に回し蹴りを彼の頭部へと見舞う。
そうしてレゲイルの体が大きく傾き、ベイクはこの戦法に手応えを感じた。
レゲイルの力は強大だし、頑強さも尋常ではないが、戦い方自体は直線的で単純だ。動きをよく見て、回避に比重を置き、一発ずつ確実に攻撃を命中させてゆけば倒せる。
「――メんじゃあねえっ」
そう企むベイクの腹部へレゲイルの鉄槌打ちが叩き込まれた。
地面へと叩き付けられたベイクの小柄が跳ね上がり、それをレゲイルがさらに蹴り飛ばす。
転がってゆくベイクを眺めるレゲイルは輪郭と同等の太さがある首を回しながら、彼を追い掛けて悠然と歩いて行く。
そうしながら彼は言うのだ。
「終いか、ガキ。竜人といえどガキじゃこんなもんかよ」
あっけねぇな――ずんと地面を強かに踏み付け、やがて立ち止まったレゲイルは、手足をなげうち仰向けに倒れるベイクを見下ろし笑みをたたえると吐き捨てた。
彼のその言葉はベイクの耳へと入り、頭の中で反響して霞みがかかる意識を揺さ振った。
まさか終わりなワケがないとベイクは奥歯を噛み締める。
だがレゲイルの強靱さは大木の如く、その膂力は熊にも勝る。大木は身動ぎしないからこそ切り倒せるし、獣は理性なきゆえに狩る事が出来るもの。
獣が如き力を備えた人は、まさしく怪物と呼ぶに相応しい。
今のままじゃ倒せない――ベイクは己の無力さに嘆く。
力が必要だ。今よりももっと強く、すごい力が――
でなければレアを助け出すことなど出来ない。
彼がそう思い、一人の少女の姿を思い浮かべようとすると、しかし少女の姿ではなく別な姿が想起された。
見慣れない姿。しかもその姿は……
「あン……?」
疑念の声がレゲイルから零れた。
力を振り絞り、それでも緩慢な動作でしか立ち上がれないベイク。しかしそんな彼の体からは蒸気がもうもうと立ち昇り、全身が赤く輝いていた。熱気までも放ち、近くにいるレゲイルの皮膚はちくちくとした刺激を覚える。
誰が終わるか――ようやくしっかと二本の足で立ったベイクは真冬のように吐息を白く濁らせながら告げる。彼がレゲイルへと向けた双眸は煌々《こうこう》と金色に輝きを放ち、そのさまはさながら燃え上がる炎のような煌めきであった。
「……へっ、おもしれえ」
異様に見えるベイクの有様に気圧されるような感覚を覚えながら、レゲイルは強がり笑みを見せる。彼にもまた退けない理由があった。
「ご……っぉおおぉおあっ」
ベイクが雄叫びを上げる。彼の昂ぶる感情に呼応するように全身の光が強まった。同時に熱気も増し、特に高温となっているらしい四肢から火が噴き上がった。
そして彼はそびえ立つレゲイルへと飛び出し、右拳を突き出した。彼の拳はたちまち火炎に包まれる。
だがその拳がレゲイルへと命中するよりも早く、レゲイルの拳がベイクの顔面を捉えた。体格差だ。如何ともし難い格差がベイクとレゲイルの間にはあった。
「ごっ……ぐぅぅおおおっ」
しかしベイクは踏み止まり、強引にレゲイルの懐へと入り込んでゆく。格差はあるが、それを埋めんとするベイクの気迫は凄まじく、彼の異様な様相も相まってレゲイルは跳び退る。
額が裂け、潰された鼻から鼻血を噴きながらベイクは後退したレゲイルの追撃に出た。踏み出す足から火炎を爆発させ、その威力で自らを押し出す。
「鉄砲玉とはよくいうもんだなあ、おい!」
「逃げてんじゃ……ねえっ!!」
「だれが逃げるかってのよおっ!!」
誘っただけだと飛び込んでくるベイクへと拳を放つレゲイル。だがベイクもそれを狙っていた。
「ごぉおおおっ!!」
拳の打ち合いでは腕の長さや上背の差もあってベイクが有効打を見舞うのは難しい。だからベイクはその差を潰す。
ベイクの拳はレゲイルの本体ではなく、彼の放った巨拳へと目掛けて放たれ、間もなくして双方は激突。鈍くとも壮絶な、肉と骨のぶつかり合う音が響く。
しかしベイクのこの作戦には一つ問題がある。それはやはりレゲイルの方が圧倒的に質量が大きいことだ。
体格で圧倒的に劣り、筋肉量も違う。如何にベイクの拳が竜鱗に覆われ堅固でも、降り掛かる圧力に膂力が耐えられない。
尋常であれば。
けれど、今のベイクが果たして尋常だろうか?
「なに……ぃ!」
レゲイルの質量に押し潰されるどころか、ベイクは彼の拳を受け止め、溢れ出した炎がベイクの拳に集まり渦を巻く。
「ぶち……抜けぇぇえっ」
渦を巻く炎はさながらドリルの如く、レゲイルの拳を掘削し、ベイクが拳を振り抜くと爆炎とともにレゲイルの右拳が粉砕された。
跳ね上げられた右腕の、喪失した手首から先を見て愕然とするレゲイル。魔術で強化された肉体を破壊することは難しい。
特にレゲイルの場合は呪装を重ね掛けして、鋼鉄並みの強度を誇るのだ。その拳が破壊された。
追撃に打って出んとするベイクを前蹴りで蹴飛ばしたのち、笑みの消失した顔でレゲイルは無くした右手を見下ろしていた。
焼けた傷口は出血こそないが、神経たちを伝い激しい痛みがレゲイルの中をのたうち回る。だが彼は悲鳴など上げない。呻き声の一つもそうだ。
「……やるもんだなぁ、ガキ風情が」
代わりにそんな言葉が口をつく。
そして膝を笑わせながら、もう少しだったのにと悪態を吐きながら立ち上がるベイクを見て、レゲイルは再び笑う。
彼の笑みを前にベイクは逆に怪訝な表情を浮かべる。とんでもない激痛が襲っているはずなのに何故と。
「ゼン、ジョウ坊……、俺が連れてくぜ」
残る左手で懐からレゲイルが取り出したのは赤い札だった。それを二枚。そして唱えるのだ――式神呪装と。
突如吹いた突風にベイクが怯む。その風はそれまでの風向きと異なり、レゲイルの方から吹いていた。
ベイクは目の前の光景に、風に細めていた目を見張った。
レゲイルの両脇に道中、襲ってきたゼンとジョウの二人の姿があったのだ。
まさかガウスもロックも負けたのだろうか? ベイクの中に冷たいものが押し寄せたが、どうにも様子がおかしい事に気付く。
ゼンもジョウもそこにいるのは確かなのに、彼らからは生気が感じられないのだ。ベイクの嗅覚も二人のにおいを感じなかった。
姿と気配しかない。
「ヤベぇか」
レゲイルの唱えた言葉はジョウと同じ。そのときのジョウからは危険しか感じなかった。ベイクは様子見こそ危険だと判断し、吹き荒ぶ風の中を駆け出す。
「もう遅えんだよ……」
不敵な笑みを浮かべ、手にした赤札を放つレゲイル。風が彼の周囲を取り巻き、自らの火炎と爆発で負傷した右手に代わり、左手による殴打を放ったベイクを軽々と吹き飛ばしてしまう。
そうしてから風はやがて過ぎ去り、巻き込まれた塵や砂埃で秘匿されていたレゲイルの姿が露わになった。だがその姿はそれまでの老いの始まった人のものではなくなっていた。
膨張した肉体は身に纏った白スーツを引き裂いて真紅の肌を曝し、額には一角がそそり立ち、両腕には厳めしい鬼の面相を象った手甲が装着されていた。
白眼を黒く染め、金色の瞳がその中に漂う。金色とはこの次元において超常の象徴である。
「悪くねえな」
そういって微笑を浮かべるレゲイルの顔は幾らか若返りを果たしたように見える。つまり彼の肉体は、全盛期へと回帰した上で強化が成されたのだ。
吹き飛ばされたのち、着地こそすれど力の入らない膝では衝撃を緩和出来ず手を突いてしまっていたベイクはレゲイルの変貌を見て愕然としていて、そんな彼を見たレゲイルは笑みを浮かべたまま告げるのだった。
「気張れよ、坊主」
死にたくなきゃな――レゲイルが風となるのと、地面を殴り付けその勢いでベイクが跳び退ったのは同時か、ややベイクが速かったはずである。
しかしベイクが宙空に居る間にも、半ば瞬間的に肉薄したレゲイルの手甲付きの、再生した右拳がベイクの腹部へと深々めり込み、目鼻口という全てから彼は鮮血を吹き出した。




