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PART3

 その白蛇はボトムの通りを埋め尽くすほどに長大で、関節を自由に外すことの出来る口は街を丸呑みに出来そうなほど広大に広がっていた。


「ごぉあああっ!!」


 臆せず飛び込んできたベイクを白蛇が丸呑みにする。

 次にその赤い眼が捉えたのは黒服たちと戦いを繰り広げているガウスとロックである。


「あっ、あれれ? おおーい、大将〜……?」


 腰の長剣を用いて黒服数名を纏めて串刺しにしながらガウスが自らを見下ろし、ちろちろと舌を出し入れしている白蛇を見上げ、つい先ほど飲み込まれたベイクへ呼び掛けた。もちろん返事は無い。


 ロックを見るとガウス以上に警戒されているらしく黒服の山の中に埋もれて姿を確認出来なかった。

 見る間にガウスの顔面が蒼白してゆく。


 そして鎌首をもたげた白蛇が、今まさにガウスへと食らいつこうとした瞬間、突如白蛇が悶え苦しみ始める。


 ガウスが迫った黒服を蹴り倒しながら様子をうかがうと、白蛇の長大な体が中程から膨張し始め、ついには風船のように丸々と形を変えてゆき、ガウスが「やばっ」と声を上げた直後に白蛇は真っ赤に張り裂けた。


 べちゃべちゃと臓物やら肉片やらが降り注ぐ中、仏頂面で佇むガウスの前に事切れた白蛇の頭部が落ちて来る。

 それの影から現れたベイクにガウスは言うのだった。


「木っ端微塵にする必要、あったかな?」


 肩に備えた鞘から短剣を引き抜き、背後から襲い掛かる黒服を振り向きもせず刺突して人形に戻すガウス。ベイクはバツが悪そうに血でべたべたになった頭を搔くと応える。


「オレだってこんなハデにふっ飛ばす気なかったんだってば。なんか上手いこと力の調節ができねーってゆーか……」


 結った髪を解き、髪の毛に纏わりつく血と細かな肉片を髪を掻き上げるとともに払い除けたのち、再び髪を一つに結い直しながら「しっかりしてくれよ……」とガウスはため息を一つ。


「連中はだいぶ焦ってる感じだな」

「おおい、いきなり出てくんなよっ」


 そうこうしていると黒服を倒しきったらしいロックが現れ、突然のことに驚いたガウスが文句を言うと「ごめん……」とロックは素直に謝罪。

 どういうことかベイクが訊ねると彼は頷き、続けた。


「猿や犬、今の蛇は式神とはちょっと違うっぽい。明らかに他と力が違い過ぎる。たぶん、そんなものを一気に差し向けてくるってことは他にはもう何もないんだ。なんとしてでも俺たちを倒すか、逃げ出すまでの時間を稼ごうとしてる」


 式神が何かベイクとガウスは知らなかったが、彼らの目的は式神が何かを知ることではない。


「今はデカ蛇のハラワタん臭いでまぎれちまってるが、たしかに他とちがう“匂い”がした。レアはきっとすぐ近くだ」


 すでに“酔之宮”の尻尾は掴んだも同然。

 あとはこのまま引きずり出してレアを奪還する。


 ベイクが意気込み、火の粉のちらつく拳を握りしめたときであった、彼の鼻がぴくりと揺れた。


 撒き散らされた血と臓物の破片たちで濡れそぼり、真上に昇った月光を受けて妖しく照り返す石畳の通りにベイクが身を翻すと、そこには夜にぼんやり浮かぶ白服を纏った男が一人。右袖をなびかせた隻腕の、ゼンだ。


「上等そうなニオイ。それに……レアのニオイだ」


 ベイクの体内に張り巡らされた血管に流れる血液が熱く橙色に光を放ち皮膚を彩り、鱗に包まれた四肢を陽炎が歪める。


 吐息には火の粉が混じり、瞳の金色を色濃くして臨戦態勢へと移行したベイクが今まさに、葉巻をふかすゼンへと飛び掛かろうとして、ロックの手が彼の肩を掴み制した。


「ベイク、きみはガウスと先に行って」

「さっさと追い付けよ」

「うん、善処する」


 ベイクと入れ替わりながら、彼の言葉にロックは笑顔を浮かべ頷いた。

 そしてガウスとともに匂いを辿り路地へと駆け込むベイク。


 ゼンの目が一瞬二人の方に向くが、その視界にきらりと煌めいた白銀が彼の目を引き戻す。太刀を翻し、落とし下段に構えたロックの眼光がゼンの目を射貫く。


「おっかねえ顔すんなよ。元から俺の狙いはおまえだ若ぇの」

「次は腕だけじゃ済まないぞ」

「脅しのつもりか? はんっ、こちとらテメエ殺すことしか頭にねえや」


 前のようにはいかねえぞ――ゼンが不敵に笑い、失われたはずの右腕、垂れ下がっていた右袖が突如膨張し張り裂けた。


 そうして現れたのは焼け爛れたように真っ赤な巨腕。

 筋肉でこれでもかと膨れ上がり、肘からは骨が棘のように突き出て指には鋭利な爪を備えた異形の右腕だった。


「――鬼の腕。降霊術とかいうらしいぜ」

「聞いたことはある」

「けっ、つまんねえ。如何にも異界人ってか。だが、今の俺にはテメエらとタメ張る力があんだよおっ」


 ゼンが叫び、ロックの体が僅かに傾き、そして彼の足元の地面が砕け散った。


 風のように一瞬で飛んだゼンの鬼の腕の拳が砕いたのだ。ロックは咄嗟に体を傾け、太刀のしのぎを盾にその致死的威力を誇る拳の軌道を逸らして回避していた。


「反応するとは流石だぜ、異界人!」

「速い……し、力も強い……っ」

「おうおうっ、そういう顔よ。そういうのが見てえんだ俺は!」


 俺の強肩、ナメんなよっ――鬼の腕による、ゼンの機関銃のような打撃の連続がロックを襲う。

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