PART2
爆音の後は否応なしに静寂が訪れる。それ以外の音などあまりに些細だからだ。
しかしベイクが鳴らした舌打ちの音はそんな静寂の中をよく通ってガウスとロックの聴覚にしっかと届いた。
振り抜いた拳から伝わる感触。
「マジの石頭かよ……っ」
殴った方が傷を追う感触。
どこまでも固く、後悔を覚えるその感触はまさしく石そのものであり、ベイクは危険を察知してその場を飛び退る。
引き下がるベイクの拳を追うようにして狛犬の顎が虚空を噛んでがちんと痛々しい音を奏でた。
狛犬は無傷。
僅かにその額に焦げ跡が残るばかり。
「あの犬っころ、毛が石でできてやがるっ」
歯噛みするベイクに伏せろとガウスが叫び、従ったベイクが身を屈めると彼の頭上を弾丸が通り過ぎ追撃に出ようとしていた白猿を押し戻した。
続けざまに射撃をしたガウス。狙うは弾丸が有効的だった白猿であるが、白猿を庇うように狛犬が射線に入り弾丸をその全身に纏った石の体毛で弾き飛ばしてしまう。
肩を撃たれたこともあり銃声に敏感になっていた白猿であるが、狛犬のおかげで難を逃れたことで僅かに気が抜けた。すると直後、それの影の中で何かがうごめく。
「火焔……片蔭」
それはロックであった。
白猿の影に潜み隙を窺っていたのである。
「火焔刃――葛断ちっ」
彼が右手にした太刀を地擦りの軌道から振り上げると、橙色に輝き揺らぎを纏う刃に黒い影が纏わりつき巨大な刃を形成。気を緩めた白猿を胴体目掛け襲い掛かる。
援護に向かおうとした狛犬は逆襲に勇み立ったベイクの妨害に遭い、石の体毛を物ともせずに殴り付けられた拳の圧力と爆発の衝撃で巨体を突き飛ばされてしまった。
白猿はロックの奇襲を躱せない。そして影の刃が白猿の胴体を上下に泣き別れにせんとして、鮮血が舞い散った。
刃は白猿の肉を切り裂き骨を断ちながら――遂に踏み留まった。
思い切り白猿は身を翻し、肘を刃へと突き立てあえて肉を切らせて骨を断たせながら刃を受け止めたのである。
白猿の中身の詰まった高密度な骨を縦に割るには相当な鋭さと威力が必要だ。ロックの刃にはわずかにそれが足りていなかった。
白猿はあまつさえ無事な右拳でロックを殴り飛ばす。
小柄ではないが、大柄でもないロックの体は軽々吹き飛び地面を弾むように転がってゆく。
咆える白猿がロックを追おうとして、するとそれの胸を三つの弾丸が穿いていった。
動きを止めた白猿が自らの体を見下ろして白い毛皮に深紅が広がってゆく様と“きん”とした匂いに鼻孔を収縮させる。
そしておもむろに振り返ると、片膝を突いたガウスが銃口を向けていた。
長銃の本体上部に取り付けられた照準器を覗くガウスの右目が注視しているのは白猿の眉間。彼は引き金に添えていた人差し指を握り込む。
號と長銃が咆哮し、迸る“赤い”軌跡が白猿の頭部に埋まった。
まもなくして白猿の頭部が炸裂し、赤い華が咲いて散る。
力無く崩れ落ちる白猿の体を見てガウスは深く息を吐いた。
土埃に塗れながらも無事なようで立ち上がったロックは彼を見て頷き、ガウスも突き付けた左拳の親指を立てて応える。
あとは――と二人の思考が同調するのと、発生した大爆発が平屋の一つをまるごと吹き飛ばしたのが同時であった。
やがて爆炎の中から狛犬が転がり出てきてのたうち回る。
口腔や鼻腔、耳といった穴という穴から火を噴き出すそれの暴れる姿を良く見ると、ベイクが顔面部に貼り付いており右腕を狛犬の口の中に突っ込んでいた。
なにやってんだ――とロックが長銃を狛犬に突き付けながら疑念を懐くのとほぼ同時に、体内のあらゆる水分が沸騰した狛犬は風船のように膨れ上がり、まもなく破裂するのだった。
吹き飛んだベイクは別の家屋へと飛び込み、中にいた住人が狼狽して逃げ出してゆく。
ガウスとロックが慌てて行方を追って、ベイクが空けた壁の大穴を覗き込むと、中では咳をするベイクが腕に喰らいついたままの狛犬の頭部を取ろうと必死に右腕を振り回していた。
「さすがに体ん中は生だったみてえだぜ」
そのうち狛犬の頭はすっぽ抜け、いまだ煙の上がる自らの右腕の調子を確かめながら二人に気付いたベイクは言って笑った。




