PART1
怒れる白猿の血走った双眸が三人を捉える。
まくり上げられた口唇から剥き出しになった牙は鋭く、熱い吐息は白濁して宙へ溶けてゆく。
体毛に覆われた両腕は長大で、力も強そうだ。足も器用そうに、まるで手のような形をしている。
「ザコにかまってるヒマなんかねんだよ!」
ごりごりと指の関節を鳴らしながらベイクが独り言ちる。
同調するガウスとロック。そして火蓋を切ったのはガウスだった。
號っ――とガウスが両手で構えた長銃が咆える。
飛翔した弾丸には青く輝く紋様が浮かび上がり、彗星のように軌道がはっきりと見ることが出来た。
軌道の観測が容易な弾丸は狙撃向きとはいえない。
だがその速度が尋常ではないのだ。
魔術の作用により通常の火薬を用いた弾丸を凌ぐ速度をもたらしめた、その弾丸はガウスの特別製で、最初は躱すことが出来た白猿も躱しきれず肩に命中を許してしまう。
悲鳴を上げつつ、二度と奇襲は許すまいと白猿は寸刻として一所には留まらず動き続けて三人の隙を窺う。
さすがに賢いなとガウスが苦笑した。
「しかもカンも良いときた。堪らんぜったくぅ。ド頭ぶち抜くつもりだったんだぜ? 俺ぁ」
一撃必殺を可能とするガウスの弾丸であったが、彼は何も白猿の肩を狙ったわけではなかった。
白猿は本来の着弾点だった眉間を逃がし、逃れきれなかった肩に甘んじて命中を許したのである。
野生の勘とは恐ろしいものである。
悔しそうにするガウスとロック、そしてベイクは互いの背中を預け合い、死角を可能な限り隠した陣形を取る。
「こうなりゃコンビネーションとしゃれ込みますか。一人新入りだけど、上手く出来るっかなあ?」
「そっちが無理でも平気だ。俺が合わせるから」
右斜め後方についたロックを尻目にしながらガウスがそう言って茶化すものの、冗談を言われているということに気付いていないらしいロックのその返答に、するとベイクが「だってよ」と鼻で笑いながらガウスに告げる。
「ちょっとおっ、俺の立つ瀬がねーじゃんか……」
「……? 悪い、ごめん。俺なにか変なこと――」
からかうつもりがからかわれてしまい、これもまた冗談でロックを叱責したガウス。
しかしロックの反応はあまりにも真面目かつ鈍感で、困り果ててしまったガウスがやむなく白猿の捕捉に集中しようとしたとき、「上だっ」とベイクの焦ったような叫びが響く。
白猿はまだガウスの視界内にあって、困惑するガウスが見上げると大きな口を開けた獅子が降り掛かろうとしていた。
ガウスが驚嘆を上げていると彼の体を腕に掴まえ、ロックが彼を連れて跳び退る。
ベイクも共にその場を離脱し、そして落下してきた獅子がそのたてがみをなびかせ着地。唸り声を上げながら集結した三人の方を向く。
「今度は“犬”かよ」
ベイクが呟く。
そう、一見すると立派なたてがみを蓄え、巨大な頭をした灰色の獅子に見えるが、その獣の上げる唸り声は犬のそれであった。
「狛犬……?」
ロックが訝しんで言った。
ベイクもガウスも聞き覚えのないその言葉に顔をしかめる。
白猿がその狛犬の側に降り立ち、より一層の威圧感を放つ。
圧倒されかけるガウスが「ちびりそう」と独り言ち、ロックは精神を研ぎ澄ませているのか無言かつ呼吸が深い。
「なんだろうが構うかよ」
二体に向けて歩み出すベイクは拳を何度も叩き合わせ、その度に小さな爆発が生じて黒煙と焦げ臭さが風に乗る。
白猿と狛犬が醸し出す殺意や圧力に触発されたベイクの中で熱く滾る闘志が燃え上がり、熱された血液が煌々と橙色に光り皮膚の下を流れてゆく。
「ジャマぁすんならぶっ潰すだけだあっ!!」
四肢を覆う深紅の竜鱗の合間に火山を流れるマグマのように光が奔り、ベイクはそんな手足の内の右足で地面を蹴る。
拳がそうであるように、足もまた爆発を起こし、その勢いを利用してベイクは砲丸のように二体へと飛び掛かった。
振りかざした右拳が狛犬の額を捉え、一際巨大な爆発が生じ轟と虚空が震え上がるとともに爆炎が敵を飲み込んだ。




