PART4
赤い空には立派な翼を広げた鳥とは違う生き物が飛んでいた。
それは四肢を持ち――ときに後ろ脚だけのものもいた――、長い尾を揺らして、長い首の先に角を頂いていた。
“竜”たちだ。
地上も天空も、水中すらも彼らものも。この星の生命の頂点に君臨する支配者たちだ。
しかし赤い空を見上げている“彼”にはそれが分からなかった。
空から視界が下がると、地上でも同じ様に様々な竜たちが居て、そしてそれらは四肢を折り畳み地面にへばり付いて頭を垂れていた。
竜たちは皆、同じ方を向いて跪いている。
その様子を見下ろしている、“彼”の方を向いていて、しかし“彼”にはそれが何故か分からなかった。
此処は何処だ、何がどうなっている?
ひれ伏す竜の群れも赤い空も荒野も、まるで知らない光景。
ただ一つ見知ったものがあるとすればそれは、空を穿つ巨大の“世界樹”だけ。
また視界が勝手に動き出す。“彼”とは異なる意思でその視界は働いているようだった。
そして響き渡ったのは世にも悍ましき咆哮。
男の雄叫びのようえもあるし、獣の遠吠えのようでもあるそんな歪な咆哮は何処までも伝わり、応えるように続々と竜たちが面を上げて声を上げ翼を広げた。
飛び立ってゆく竜たち。翼無き竜は地を這い、または潜行して何処か、しかし同じ方角へと向かう。
やがて“彼”が見ている“誰か”の視界も大地を離れ、赤く燃え上がった空へと昇ってゆく。
そして雲を突き抜けたとき、“彼”が見たのは人が集まり作り出した波の姿であった。
人々は鎧を身に纏い、剣や槍を携え、牛馬の牽く戦車で武装していた。彼らの上げる鬨の声が竜たちの咆哮とぶつかり合い、拮抗する。
そして争いが起こった。
人の放った弩弓の矢や、炎に雷が空を駆ける竜たちを射貫き、撃ち落としてゆく。
人の振るう剣や剣が地上をゆく竜たちを切り倒してゆく。
“彼”が止めろと思えども、それを発することは出来ない。
竜の放った火炎が地上ごと人々を焼き払い、風が弓の弦を断ち切ってゆく。
地上の竜が大地を隆起させ、裂け目に人々を落としてゆき、戦車をひっくり返して踏み潰した。
止めろと“彼”の心が叫ぶ。しかし声にはならない。
その代わりにとばかりに、あの悍ましい咆哮が響いた。
そして“彼”が見る“誰か”の視界を深紅の火炎が埋め尽くす。それはその“誰か”の放った炎であると“彼”は察した。
その炎は人のものよりも、他の竜のものよりもずっと強力で、大気を焼き大地を融解させるほどの力を持っていた。
圧倒的な力の前に人々の波は焼き尽くされんとしてる。“彼”はそれを、“誰か”の行う虐殺をただ見ていることしか出来ない。
――するとその“誰か”の前に立ち塞がるように、眩き光を纏った一頭の白い竜が現れる。輪になった特異な角をした、七色に輝く瞳をした白い竜。
再び“誰か”が上げた咆哮に、その白い竜もまた甲高く咆哮し、深紅の炎が白い竜へと向かって駆けた。
“彼”はその炎を止めたいと思ったが、見ることしか出来ない“彼”のその想いは遂には叶わず。白い竜が炎に包まれた。
どうしてだろう。どうしてあの白い竜をこんなにも大切に感じるのだろう?
張り裂けんばかりの傷みを“彼”はその胸に感じていた。悍ましき咆哮が、人が泣き叫ぶように響く。
だが“誰か”が白い竜を燃やす炎へと近付いたとき、その炎を突き破って溢れ出た光の白色が“誰か”の視界を埋め尽くし、そしてそれを見る“彼”の目を眩ませてゆく。
1
きゃあっ――女性の悲鳴でベイクは目を覚ました。
頻りに瞬きを繰り返しながら、もそりと緩慢な動作で上体を起こす。
「……どこだ、ここ?」
あくび交じりにそう言って周囲を見渡す。小綺麗な部屋。柔らかな布団の上。そういえばとベイクは立ち上がり窓辺へと歩み寄り、外に顔を出して悲鳴のした方を探る。
「なんだありゃ」
そして見付けたのはレンと、彼女の腕を掴む巨漢。コウメを乱暴に抱えた獣人。小綺麗な黒スーツを着た眼鏡の男だった。
彼らと一切面識のないベイクは困惑したが、のっぴきならない状況というのは理解出来たようで小さな舌打ちを一つ鳴らす。




