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PART3

 ぶわと蒼炎の放射が中程より膨張し、直後弾け飛んだ。

 中から姿を見せたのはロックで、彼はその身に火傷一つ負っていなかった。散ってゆく炎を反射し、構えた彼の刀が妖しく光る。


「氷翼刃――」


 刃が風を切り、鍔鳴りを冷ややかに響かせて鞘へと収まる。

 大狐が口をこれでもかと開き、ロックを噛み殺そうと二階から飛び出す。


 ロックと大狐はともに宙空。

 派手な大立ち回りはもはや演じられない。


 面を上げたロックにもはや笑みは無く、逆に姿を現したのは憂いとでも呼ぶべき表情であった。

 大狐が間合いにまで達した刹那、脳からの指令を受けたロックの右腕が神速に至る疾さで動く。


 白銀が一閃し、煌めく微粒子がその後に舞い散った。


「――雪月花せつげっか


 呟くようにそう唱えたロックの眼前で、もうあと一寸というところまで迫っていた大狐が縦に割られた。


 直後に生じたのは強烈な寒波で、大狐はもとより一階から全階が一気に凍てつき白く濁った。

 客たちはあまりの冷気に身を震わせ吐息を白濁させ、黒服たちはことごとく凍てついてゆく。


 真っ白に凍りついた池の上に着地し、今一度鯉口を鳴らしたロックはくるり転身。すると彼の背後に凍てついた大狐が落下し粉砕され、その音と衝撃に黒服たちもまた連鎖的に崩壊ししてゆく。


 そのときある客が気付いた。差し伸べたその手のひらにはらと落ちてきたのは真っ白な、それは雪だった。


 はらはらと雪の舞い降りてくる吹き抜けを見上げるロックの表情は、しかし決して晴れやかとは言い難いものであった。


 というのも彼の目的はこの“酔之宮”を運営する白服たちの殲滅であり、今回の襲撃では一人を手負いにしただけで結局誰も殺すことが出来なかったからだ。


「ドン・レゲイル……」


 ジョウにゼン、そしてレゲイル。

 “酔之宮”を取り仕切る白服たち。レゲイルはその頂点にいる。


 これを討ち取らない限り、“龍宮”との繋がりが途絶えることはなく、“酔之宮”は消滅しない。

 やがてクラリスの全ての商いが“酔之宮”に支配される。


 それを良しとしない者たち……つまりいまだ“酔之宮”に降らない商店たちがロックを雇ったのである。

 命令は単純明快。白服たちを全滅させ、“酔之宮”を完膚なきまでに叩き潰すこと。


 今回の襲撃で彼らを取り逃がしたのはロックにとって醜態といえる。それと、もう一つ……。


「引き上げるか」


 既に白服たちは身を潜めたことだろう。女たちも一緒に。

 もうこの場に用はない。ロックは凍て付いた、いずれ崩壊が始まるであろう異界をあとに“伝々亭”への帰路へとつくのだった。





「だっからさぁ〜、俺はそんとき言ってやったワケなのよ。お前のケツにキスしたがってるのは隣の筋肉モリモリマッチョマンの変態だろって……」


 両手に花とでもいうように、鮮やかな赤いドレスと青いドレスを纏った踊り子の女性二人をはべらせたガウスの顔は赤らんでいて、随分と“出来上がっている”様子。


 口も軽くなり愛想良く笑う二人に対しくだらないことをべらべらとしゃべる彼の足が向かう先はクラリスで最も有名な“酔之宮”であった。しかし――


「あっ、れぇ……?」


 ガウスが首を傾げるが、彼の前に“酔之宮”と思しき建造物は無かった。あるのは基部のみで、開けた空間がどこか寒々しい。


「道、間違えちゃったかなぁ?」


 酔っているせいかともガウスは考えたが、両腕に抱えた踊り子二人はここが“酔之宮”のはずだと言う。

 困惑する三人。すると一人の男が彼らの許へと歩み寄る。


 風変わりな黒い装束に、腰に差した刀……ロックだ。

 ロックは自らを漠然と眺めているガウスへと詰め寄ると柔和な笑みを浮かべ、彼の右肩へぽんと手を乗せて言うのだった。


「ちょっといいか?」

「へ?」

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