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PART2

 二階の一部が崩壊し、膨らんだ煙の中からロックが飛び出す。

 するとそれを追うようにして大狐の巨体もまた宙空に躍り出た。


 先に着地したのはロックで、一階には広大な池があり、色鮮やかな紅白に輝く錦鯉ニシキゴイたちが優雅に泳ぐ中に彼は着水した。


 舞い上がる水飛沫。感じた怖気に顔を上げたロックが見上げた先では大狐が五つある尾を広げ、その先端に灯った蒼炎を撃ち出していた。


 迫り来る狐火を前にロックは刀を鞘に収めつつ、身を屈めた。

 柄を握り締める手に力が込められ、その瞬間、彼の体が淡く青く発光を始める。そして――


氷翼刃(ひょうよくじん)――絶界(ぜっかい)


 唱えるとともに抜刀したとき、刃が放った青い光が生み出したのはなんと巨大な氷塊だった。


 塵のような氷を孕んだ冷気が吹き荒び、客たちが吐き出す吐息が白く濁る。しかし彼らの目が戦場から離れることはなかった。


 その名の通り、刃の奇跡を翼のように広がった氷。それは狐火を飲み込み、極寒の中へと閉じ込めてしまう。


 氷を溶かすことが出来ずに徐々に萎んで、遂には消えてしまう狐火だったが、生じた氷塊を叩き潰しながら大狐が到来。池に架かった太鼓橋をも粉砕して、けんと甲高く鳴いたそれは再び大量の狐火をロックへと放つ。


 それに対しロックはむしろ突っ込んでゆき、次々に降りかかる蒼炎たちを間一髪で掻い潜り、ときに刀で薙ぎ払う。

 狐火により池の水が蒸発し、湯気となって立ち込める。


「氷翼――」


 靄を引き千切る大狐の尾による薙ぎ払いを跳躍で回避したロックは宙空で刀をバツの字を描くように振るった。


「――穿せん!」


 生じる氷塊が太刀筋の通りに出来上がるが、それだけに留まらず、言うなれば翼を形作る羽根の一枚一枚が撃ち出され大狐を襲う。


 氷翼から射出された羽根たちは鋭く、防御のために身を屈めた大狐の背や首、四肢を切り裂き突き刺さる。

 すると式神の黒服たちとはことなり、それからは鮮やかな赤い鮮血が溢れ出し、大狐自体も苦痛に呻いた。


 だがそれの瞳は今だらんと輝きを放ち続けている。

 役目を終え、砕け散るロックの氷翼。そこを狙い澄ましたかのように大狐の尻尾が襲い掛かった。


 大狐の尻尾は灯した狐火を射出するだけではなく伸縮自在でもあるらしく、大狐はその場を動くことなく間合いの外にいるはずのロックに攻撃することが出来た。


「そうこなくちゃ」


 そう言って笑みをたたえたロックは初撃を刀で凌ぎ、続く尻尾も払い除ける。しかし第三波を躱しきることが出来ず、尻尾の突撃が脇腹を掠めて体勢が大きく崩れてしまう。


 彼が曝した度し難いほどの隙につけ入るべく、残る三つの尻尾が獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげ、間もなく飛び出した。


 それらは間違いなくロックの肉体を貫き、ばらばらに打ち砕くことだろう。しかし彼の口許から笑みが失われることはなく、あまつさえその眼光は鋭さを増して燃え上がっていた。


 痛みを与え、与えられ。傷を刻み、刻まれる。

 ロックが望む闘争がこれであった。


「氷翼刃、蛇咬(じゃこう)


 唱えて、ロックが無造作に刀を振ると氷翼とは名ばかりに氷で出来た鱗と顎を持った蛇が作り出される。


 ロックは刀から続々と氷蛇ひょうじゃの長大な胴体を生み出し、故に氷蛇は自在に宙空を泳ぐことが出来て、ロックに迫る大狐の尻尾を体当りして彼に向かう軌道から逸していった。


 やがて最後の一つとぶつかり合って氷蛇は砕け散る。尻尾たちはロックに命中することなく、彼は宙空で身を捻り足から池にまたもや着水を果たした。


 傷を負った右の脇腹にロックが左手で触れてみると、指先に赤色が付着した。だが大した量ではない。


「……一本てとこか、な」


 裂傷は酷くないが、それでもやはり衝撃で骨格に負荷がかかり、肋骨の一本にひびが生じていることを彼は痛みから察した。彼の肉体は尋常ならざる頑強さを持つらしい。


 彼がそうやって傷を確かめている内に、再び大狐の狐火が襲い掛かった。さながら雨のように。


 しかしロックは冷静に、自らに直撃する狐火のみを刀で払い落としながら大狐へと突っ込んでゆく。


 彼の胸は早鐘を強く打ち鳴らし、口角からは歯を覗かせ、頬は上気してそして双眸は輝いていた。

 まるで念願のオモチャを手に入れようとしている子供のようである。


 狐火の嵐の中、左腕で一撃を防いだロックが刀を薙いで氷塊を生じさせた。


 大狐は飲み込まれまいと後ろに飛び退り二階へと着地する――が、その合間にも氷塊を駆け上がり跳躍したロックが大狐の眼前まで迫っていた。


「あーっ、ロックぅっ!!」


 遥か六階の高さからはっきりと聞こえるほどの大声の主は、それはケリブに支えられながら上体を手すりの合間から投げ出したレアだった。


 彼女はケリブの叱咤も気に留めず、六階からだと米粒程度しか見えないロックを指差し「あんたこんなとこでなにやってんのよっ」と続けて叫んだ。


 だがその声にロックの意識が僅かに引き寄せられ、大狐に先手を許してしまった。


 がおと咆哮し、開いた口腔に溜め込まれた特大の狐火をロックへと吐き出す大狐。

 蒼炎の奔流に飲み込まれ姿を消したロックにレアまでも顔を蒼白させる。


「いい加減にしなよっ」

「あっ、あいつ……」

「行くよっ」


 視界に飛び込んできた光景に唖然としたレアを手すりから引っこ抜き、担ぎ上げてケリブが連れて行く。

 レアがロックを見たのはここまでだった。


 一階では蒼い炎が今だ轟々と燃えていた。

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