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PART3

 恐ろしいことに二人いる門番の一人はほろ酔いだった。

 強固な防壁のようなものも堀も無いクラリスでこの無防備さは危険極まりないが、第一大陸全土は“帝国”が治めており第二大陸との戦争も今は停戦中。


 獣の襲撃もクラリスの規模ともなればまず無く、“魔物”も目撃例こそ増加し実際の被害も報告され始めているが多発しているわけではない。


 油断しているのは間違いない。けれど実際として危険はほとんどないのだ。衛兵がこの有様なのもむべなるかな。ペアの一人が素面なのが救いか。


 何はともあれ、そんなクラリスなのでガウスたちはあっさりと都内へと入ることが出来た。


「大将ぉ……」

「わっ、わたしは悪くないわ! だってベイクがお馬さん揺らすからしかたなく……」

「とりあえず、泊まるとこさがそーね」


 馬を預け、やはり完全に失神していたベイクを背負ったガウスに地上に降りて正気を取り戻したレアが必死に弁明する。

 ばつが悪く宿を探して歩くガウスの後をついて歩きながらレアはクラリスを見渡した。


 都市の出入り口は広場になっており、中央には水路に囲まれたステージが設置され、そこでは楽器を持った派手な格好の男性が“詩”を謳っていた。


 さらに往来する者を対象とした店が広場の円形に沿うように立ち並んでいて、それ以外にもアウトロス・ラリアットでガウスがやっていたような見世物をしている者たちもいた。


 闊歩している人々は皆笑顔で赤ら顔。もう日も暮れているというのに静まり返る様子はまるで無い。


「わあ……」

「スゲえだろ? ここじゃ人は眠らねえんだぜ」

「ずっとあんな風に謳ったりしてるんだ」

「真ん中の方じゃもっとスゲえらしいぞ~? ま、なにはともあれ早く大将を休ませてやんねえとな」

「あそこ宿屋さんじゃないっ?」


 活気づくクラリスの様子に呆気に取られるレアをガウスが茶化し、レアが興味を示すとガウスは焚き付けるように言う。

 それからレアが指し示したのは確かに宿であったが、出ている立て看板には満員の文字が。ガウスが伝えるとレアはいささか気落ちして項垂れてしまう。


「んま、宿なんざいくらでもあるサ。それにこーゆーとこにある店はだいたいぼったくりよ。俺に任しとけって」


 ガウスが気を遣ってそう言うと、顔を上げたレアは「うんっ」と頷き笑顔を咲かせた。

 人の流れの中を歩き、一行はクラリスの南西へと向かう。そこは住宅街にほど近い場所で、旅人らが集まる中央部分から少し離れた場所でもあった。


 ここまで来ると通りを歩く人は少なくなり、芸人に関しては見掛けなくなる。クラリスの喧騒が少しだけ遠離った。


 商店も派手なものは無く、疎らにあるほとんどは民家を改装したささやかな店ばかりだった。それらもほとんどが既に閉まっている。

 そんな通りに余所見しながら歩いていたレアは次の瞬間、いつの間にか立ち止まっていたガウスのベイクを背負う背中にぶつかってしまった。


「なに〜?」

「ここにしようぜ」

「え〜? あっ……うわぁ……」


 ぶつけて潰れてしまった鼻を手のひらで擦りながらレアがガウスの背中から顔を出すと、彼女の顔を見たガウスが顎で指し示したのはくたびれた外観の二階建て木造建築だった。


 あまりにみすぼらしいので、これまでのきらびやかさとの落差がつい落胆の声を上げてしまうレアの体を「そーゆー反応しないの」と言ってガウスの足が小突いた。


「ここ、ほんとにお店なの?」

「ん〜、多分な。看板もあるし。ほら……」

「ちっちゃ……」


 まるで商いをしているとは思えない外観をいぶかしんで見上げているレアの問い掛けに、ガウスは引き戸に掛けてある木札きふだの存在を伝える。


 木札には空室の文字が見慣れない文字で書かれていて、レアが訊くと異界由来の文字であるとガウスは答えた。

 なにはともあれ物は試しとベイクを背負っていて手の使えないガウスが促し、代わりにレアが引き戸に手を掛けようとした。


「いらっしゃいませーっ」


 レアが開けるまでもなく、がらがらと音を立てて勢い良く開いた引き戸から、挨拶と共に姿を見せたのは朱色で染めた四つ身の着物を着た少女だった。


 突然けたたましい音を上げて開いた引き戸に驚いたレアは玄関の前から人一人分半くらいは飛び退っていて、その顔は歯を食いしばり目を見張った、驚きの感情を大変よく表現していた。きっと胸の内では心臓が四方八方に弾んでいることだろう。まるで猫のようである。


 そんなレアに不思議そうな顔をして小首を傾げる総髪そうがみの少女へと、彼女に代わってガウスが訊ねた。


「お嬢さん、こんばんは〜。ここって宿だよね? 三人なんだけどサぁ、相部屋でも良いから泊まらせてくんないかな?」


 膝を屈し、着物の少女となるべく目線の高さを合わせて柔和な笑みを浮かべるガウス。少女は彼の言葉を聞くと目を輝かせ、一も二もなく言うのだった。


「もちろん、良いよ……っですよ! ご案内しますから、どうぞ上がってください!」


 お客さまだと少女は声を上げながら玄関の中へと慌てて引っ込んでゆく。おそらく店主でも呼んでくるつもりなのだろう。

 ガウスは立ち上がりながら一息吐いて、すると深呼吸して暴れる胸を落ち着かせているレアへと「泊まれるってさ、良かったネ」と笑い掛けるのだった。

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