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PART2

「あわわわっ、ちょっとベイク! あんまり揺らさないでよ!」

「耳元でわめくなって! わかってるっつの……」


 更に翌日、報酬の“おまけ”として老いた馬を二頭譲られたベイクたち一行はシェリフたちの街アウトロス・ラリアットを後にして、クラリスへの旅を再開した。

 ベイクが手綱を握る、栗毛に白斑の馬にはレアも一緒に跨っており、彼女は両腕をベイクの腰に回しこれでもかと締め上げていた。おかげですっかりベイクの腰回りは赤くなっている。

 どうやら馬の背中に慣れることが出来ないらしいレアが不安から声を上げるとベイクがそれに対する文句を言い返し、老いたる馬は自分の調子で蹄を鳴らす。


「はいはい、お二人さん。仲睦まじいのは良いですが、仲良く二人で落ちたりしないでくださいよ~」


 そして二体の馬の前をゆく、黒毛の馬に跨がるのがガウス。彼の馬からは一本の綱が伸びており、それは後ろをついてくるベイクたちの馬に繋がっていた。

 二体が乗馬出来ないというので、ガウスが二体の乗る馬をけん引しているのだ。つまりベイクは手綱を本当に握っているだけなのである。

 騒ぐ二体へと横顔を向けて様子を覗き見たガウスは片手を上げて振りながらその様子を茶化す。


 今日も陽気。草花が海のように広がる街道を馬二頭、それに跨がる三人はゆく。

 右を向けば花の周りを舞い踊る黄色と白の蝶たち。左を向けば何も居ないと見せかけて茶色い体毛の兎の姿がある。


「恐ろしいほど平和だねぇ……。少し前に“魔物”相手に大立ち回りしてたのがウソみてぇだ」


 堪らずガウスが大あくびを一つ。何処までも広がる、疎ら雲を浮かべた蒼天に向ける。

 滲んだ涙でぼやける青空を見上げながら彼はその“魔物”、特に人型をしたもののことを思い出す。

 強力かつ不死身とも思えるほどの生命力。そして短時間での目まぐるしい変化。


 いよいよ以て放置しておくには危険か――そんな風に今後を案じ、彼の誰にも見られることのない表情が剣呑さを滲ませようとしていたときだった。


「おい、ガウス! そのクラリスっていつ着くんだよ?」

「ゆっ、揺れてる揺れてる! ベイクしっかりしてよお~っ」

「揺れてねえ!」

「わぁああっ!? バカバカっ、揺れるからあ!」


 レアがおかしくなっちまうっ――もはや微かな振動にすら怯えて叫び声を上げるレアに辟易したベイクがガウスへと問う。

 二体を見て呆れてしまったガウスは苦笑を浮かべた。この二体がよもや“魔物”を相手にそれを打倒出来るほどの力を持っているとは思えないと思ってしまったからだ。


「歩き詰めで一日ってとこだなあ。休憩すっかい?」

「するっ、きゅーけーする! 降りたいっ、降ろしてえっ」

「ダメだ! 一日で着けんならいくらでも歩くぞっ」


 意見が食い違う。どうやらベイクは現状から一秒でも早く脱したいらしい。

 確かに休憩すれば今日一日ではたどり着けなくなるかもしれない。だがベイクは一度休んで再び同じ状況に陥るというのが嫌だという。

 レアもだいぶ参っている様子だが、ここは体を張っているベイクの意見を尊重すべきだろうとガウスは決断。旅は続行され、レアの悲鳴はこの日、ずっと響き続けたのであった。





「わわわ……ゆれっ……落ちる落ちる……おちっ」

「……」


 休憩するべきだっただろうか――ガウスは後悔していた。

 彼がちらと後ろを覗き見ると、そこにはぐったりとして意識があるのかも怪しいベイクの姿があり、その背後では相変わらずレアが揺れるだの落ちるだのと戦々恐々としていた。

 ガウスが見るにベイクに意識はもう無いのだろう。良く見てみると手綱すら握っていない。


 では、どうしてまだ彼が馬に跨がったままでいられるのか?

 それはレアが彼を抱えているからである。

 ガウス曰く、レアには乗馬の才能があるとのこと。


「おっ――」


 ベイクには後でなにか美味しいものか、それかきれいなものでも贈ろう。自らの選択が過ちであったと悔いるガウスがそう償いの方法を思案していると、ふと耳に軽やかに弾むような旋律が入り込んでくる。

 街道の向こう、日の沈む先。陽の名残に映える藍色の中に、きらきらと輝く地上の星が見えた。

 ガウスは少年のような笑顔を浮かべて二体へ振り返り「やっと到着したぜっ。あれがクラリス――」


「まって揺れてるっ! 落ちるっ、落ちちゃうってばあっ」

「……」


 今日中にたどり着けて、本当に良かった――ガウスはベイクに生きているように願った。

 そしてほんの少しだけ馬を急かして、レアの悲鳴を耳にしながら酒造都市クラリスへと彼らは到着した。

 聞こえてくる軽快な旋律と、日が沈んでも衰えることを知らない喧騒。酒も女も仕事も、そこには何でも揃っている。

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