PART1
「まさかツレが竜人とはな」
静まり返った酒場の中で、リバティウスの声が良く響いた。
ガウスとレア、そして魔導器による偽装を解除して両手足に竜鱗を纏ったベイクの三人が座る丸テーブル。そこにリバティウスも座り、彼らを取り囲むのはシェリフたちだ。
彼らの眼に宿る輝きは冴え渡り、ベイクたちの微かな所作の一つも見落とさないことだろう。その敏腕は腰に提げた重火器を正確に操り、眉間の急所を正確に打ち抜くことだろう。
「バレなきゃ嘘にゃなんなかったのにな」
「だがバレた。坊やが今、どれだけヤバいか知らないヤツはこの世にはいない」
「ああ、俺も知ってるくらいだからな」
リバティウスの尋問に対して受け答えするのはガウス。彼はこの期に及んでも飄々とした調子を崩さず、リバティウスの言葉をのらりくらり。
渦中のベイクはシェリフたちの動向に全神経を研ぎ澄まし、“もしものとき”のためにその肉体は熱を孕む。
そしてレアは握り締めた両手を膝に置き、ただうつむいて黙りこくっていた。
「俺たちは俺たちの街を護る。拳銃持ったシェリフってのはそういうもんなんだ」
「立派だぜ、アンタらは」
「竜人が来たってことは、“竜狩り”が来るってことだ」
間違いねえ――そう応えたガウスの瞳の眼光が冴える。それを向けられたリバティウスの双眸もまた鋭い光を宿す。
ぐぐとこの場の全員の肉体が筋肉を動作させる微少な音を奏でたときであった、椅子を倒して勢い良く立ち上がったのはレア。
「だったらどうしたっ」
わたしも竜人だいっ――そう声高々に宣言し、止めようとするベイクとガウスを振り切ってレアは右腕に着けた魔導器の偽装機能を解除。
すると途端に彼女の黒髪は銀色に変わり、瞳は虹色。肌も小麦色から桜色になって、手足には青白い竜鱗と乳白色の鉤爪が現れ腰からは尻尾が生える。
レアの竜人としての姿を見たシェリフたちが色めき立つ中、レアを庇うようにしてベイクが間に入った。が、拳を構えんとしていたベイクの肩にガウスの手が乗せられる。
闘志を燃やすベイクの金色の瞳がガウスを向く。ガウスは相変わらずの笑みを浮かべていて、すると誰かの、喉でくすぶるような笑声がベイクの耳に届いた。
ベイクと、少し遅れてレアもその笑声の聞こえた方へと顔を向ける。声の主はリバティウスであった。
リバティウスは口許を押さえて逸らした顔をうつむかせていたが、震える肩がどうにも笑動を抑えきれないと言った様子を物語っていた。
何がどうしたというのか。二体が困惑して顔を見合わせると、我慢も限界と面を上げたリバティウスは口を開き抑えていた笑声を外へと解き放った。
「わはははっ! だったらどうしただとさ、その通りだわなっ。かはははっ! お嬢ちゃんよ、その通りだその通りっ」
ごもっともだぜ――げらげらと笑い狂うリバティウスにつられて集まっていたシェリフたちも三者三様に和んだ様子を見せ、するとさっさと解散してそれぞれ席で酒や料理を注文し出す。つまり、いつもどおりに。
“魔物”の遺骸処理やらで既に日は昇りきり、朝から大の大人たちが押し寄せ、あまつさえ一斉に注文などするものだから重苦しい静けさから一転して賑やかになった酒場を経営する夫婦はてんてこ舞いに陥っていた。
ベイクとレアはその様子を困惑のまま見渡した。リバティウスが見かねて「まぁ座れよ」と言ったので、二体は静かに椅子に腰を掛ける。
「竜人を追ってるのは“竜狩り”で、俺たちにゃ関係ない。第一、働かせるだけ働かせてその功労者を“竜狩り”ひいては貴族連中に突き出すなんざかっこ悪いわな。俺らシェリフはクールがモットーなもんだから」
なにはともあれ、今日は奢りだ――酒場にいる全員の前に提供されたのは金色の発泡酒が並々と注がれたグラス。それを手に取り掲げたリバティウスがそう告げると、シェリフたちも同様にグラスを掲げて歓喜に声を上げるのだった。
その声が向けられているのはベイクたち三人。ガウスは応えるようにグラスを掲げたのちにそれをぐいと勢い良く煽り、ベイクとレアはなんだか気恥ずかしさに落ち着かない様子でつんとくる香りを放つ酒に口をつけては、その衝撃的な味にひっくり返ってしまった。
街の住民たちも入れ代わり立ち代わり、ベイクとレアがとった笑いから酒場での騒ぎはその日の夜まで続いたのだった。




