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PART10

 驚愕の事態が起こっていた。

 ベイクとの戦闘により打ちのめされ、そして竜の火炎により焼かれ疲弊していたはずの人狼が再起を果たした上、その姿に変化が見られ始めたのだ。

 まずひと目見て分かるのはその体格が一回り巨大になり、狼らしく細かった五体が筋肉を蓄えたように膨張し肉感的に変わってゆく様子。


「様子見はヤバそうだ。一気に畳もうぜ、お二人さん!」


 ベイクは正面、レアはともに側面から。ガウスの出した指示に頷きもせず弾けるように動き出す二体。ガウスも遅れまいと駆け出して、背負った長銃を右手に構える。

 変化している人狼は動けないのか、肉体を震わせながら佇んでいる。そこへとレアの魔術による閃光矢とガウスの長銃による弾丸が同時に見舞われた。

 一応防御行動として人狼は両腕で頭部や胸部といった急所を庇い、命中した攻撃により体毛ごと皮膚が弾け飛んだ。


 人ぶりやがって――人狼に正面から突っ込むベイクは、人狼の身を護るその行動に悪態を吐く。“魔物”である人狼が人類に近付こうとしている様に堪らない嫌悪感を彼は懐いていた。

 ベイクだけではない。知性的になりつつある“魔物”の様子はそれと対峙しているレアやガウス、見守るシェリフたちにも同じ感情を覚えさせていた。

 レアとガウスによる挟撃に防戦一方に陥る人狼の懐へとついにベイクが到達。その瞬間ぴたと二人からの攻撃は止み、僅かに両腕の防御壁を緩めた人狼の胸部へと、彗星のような弧を描く軌道をしたベイクの右拳による、橙色に燃える殴打が叩き込まれた。


「ごっ……おぉぉあっ」


 胸部に拳の焼き印を押され、大きく仰け反る人狼。ベイクは休む間もなく、隙を曝す人狼へと追撃に出た。

 再びベイクが振りかぶった右拳に反応した人狼が腕で壁を築く。だがそれは誘いだった。ベイクは右を止め、左拳を横の軌道で放ち、人狼の胸部ではなくがら空きの脇腹を打ち据える。

 人の肉体には無数の神経が通い、特に内臓の周囲にはそれが密集している。ベイクが狙ったのはその神経であり、新たな焼き印から生じた苦痛に人狼の上体が下がった。


 ベイクはその間にも左足を軸に独楽のように転身し、鱗の合間から炎を噴き出した右足に遠心力を与える。


「合わせろっ、レアぁっ! ガぁウス!!」


 そして下りてくる人狼の顎目掛け、叫ぶベイクの右足が天へと上昇する。それは火口から飛び出す岩石のように燃えていた。

 直撃と共に爆発が生じ、人狼の頭部と言わず上体が今度は逆に仰け反る。あまつさえ両足が地面から離れた。

 そこへとレアは練り上げた魔力マナにより形作った竜の大顎を、ガウスは魔術円を纏った長銃に装填した“特別な弾丸”を放つ。


 宙空の人狼へと迸った二つの閃光。一つは白色、もう一つは金色。それぞれレアとガウスの放った魔術の光だった。それらは交錯し傾いだ十字を描き、その中心には人狼の影だけがある。


 やがて魔術の照射が止み、本来生命の活力たる“魔力(マナ)”の攻撃転用、魔術の仕組みである魔力が持つ活性作用の反転化に伴う破壊的作用の奔流。その束縛から解放された人狼は地面へと落下し、着地も出来ず崩れ落ちた。


 ぐずぐずと破壊された細胞が熱により焼かれ炭化した肉体の、まだ水分の残る芯の部分からその水分が煮える音が表層の亀裂から聞こえ、立ち昇る煙には甘ったるい異臭が混ざる。

 ベイクら三人は黒い塊と化した人狼を見下ろす。気がつけば岩山の炎もなりを潜め、僅かに岩々の隙間からくすぶった橙色が光るのみとなっていた。

 静寂の中、それまで沈黙していた人狼の体が突如、陸に上げられた魚のように跳ね回り始めた。その体から炭化した毛皮や肉が剥がれ落ちて、その下からは新鮮な――


 ――振り下ろされたベイクの右足が、既に半ば潰れていた人狼の頭部を今度こそ完全に粉砕した。くしゃりと、それは呆気ない音を奏でて。

 同時に暴れ回っていた胴体も沈黙。ベイクは決着を確信し、火の粉混じる吐息ののち、眉間にしわを刻み口角を下げた忌々しげに歪んだ表情で言った。


「……スッキリしたぜ」


 “魔物”たちが全滅したからか、彼の胸にあった苛立ちが消えてゆく。そしてそれはやはりか、他の者も同様であった。

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